今さら聞けない『プリキュア』20年の歴史 ⑬ シリーズ屈指のテーマ性に挑んだ『ヒーリングっど♥プリキュア』

第17作『ヒーリングっど♥プリキュア
放送期間:2020年2月2日~2021年2月21日
東映アニメーションプロデューサー:安見香
キャッチコピー:「手と手でキュン!ハートつないで地球をお手当て!」「パートナーは動物!? ヒーリングアニマルとの絆を胸に最強の癒やしのプリキュアが誕生!」
[登場プリキュア]
キュアグレースキュアフォンテーヌキュアスパークルの3人でスタートし、後にキュアアースが追加

<ストーリー>
これまで陰ながら地球を癒してきた世界ヒーリングガーデンが、世界を病気にしようとするビョーゲンズの襲撃を受けて危機に瀕します。この襲撃から逃げ延び、伝説の戦士プリキュアとなるパートナーを探すために人間界にやって来たヒーリングアニマルによってパートナーに選ばれた3人の女子中学生が、プリキュアに変身して、地球を守るためにビョーゲンズに立ち向かいます。


コンセプトモチーフは「地球のお医者さん」、テーマは「生きる」、「」、「思いやり」。
この企画は、2019年に海外で発生し、2020年から日本でも猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の流行から生まれたものだと思いがちですが、制作スタッフのインタビューによると、モチーフの「お医者さん」は、コロナ渦前に決まったもので、全くの偶然であるとのことです。

『プリキュア』シリーズでは、「殺す」「死ぬ」というワードは避けて別の表現に置き換える傾向がありましたが、この作品においては、敵が病気であり、「生きる」がテーマでもあるため、「死ぬ」というワードが置き変えられずにそのまま使われていたり、死や不安の暗いイメージもぼやかすことなく直接的に描かれています。
企画自体はコロナ渦前であったものの、実際に放送されていたのは、コロナ渦の真っ只中とあって、後半に向けての展開などは社会状況を大きく反映したものとなっていると思われます。

コロナ渦という厳しい社会状況を背景に、意図せず現実とリンクする重いテーマを扱うことになったこの作品では、かなり攻めた表現が見られました。
ここに至るまで、『プリキュア』シリーズでは、完全な悪という存在を敵として、これを消し去ってしまうような表現から、浄化や洗脳を解くといった形で救済するような表現にシフトしてきた経緯がありましたが、今回の敵は融和の道を望めず、絶対的に相容れない存在である病原体です。

敵の幹部の一人であるダルイゼンは、かつて主人公・花寺のどかに取り付いていた病原体で、そのために幼少期ののどかは長期入院を余儀なくされ、辛い日々を過ぎしていた過去がありました。
そんなダルイゼンは、ビョーゲンズの首領キングビョーゲンに取り込まれそうになると命からがら逃げ出し、のどかに再び宿主として自分を身体に入れて欲しいと助けを求めますが、拒絶されます。
それまでの戦いの中で、のどかは自分たちの欲望のために他人を犠牲にするダルイゼンを批判していたので、助けを拒絶するのどかに対し、ダルイゼンは「お前も同じじゃないか」と強烈なカウンターパンチを喰らわせます。

いくら助けを求めているからといって、病原体を受け入れることなんてできるはずもありません。
とは言え、それが誰であっても助けを求める者を拒絶してしまったという事実はのどかに罪悪感を抱かせ、他人より自分を優先するのかというダルイゼンの指摘が図星であっただけに、思い悩みます。
そんなのどかに対し、パートナーであるヒーリングアニマルのラビリンは、「自分の気持ちも身体も大事にしていい」と、のどかの選択を肯定してくれます。
何とも、子供向けアニメとはとても思われない重過ぎるこのテーマです。

結局、のどかに拒絶されたダルイゼンは、キングビョーゲンに吸収されてその一部となってしまいます。
これまでの作品では、敵であっても助ける清廉潔白で揺るぎのない正義が描かれてきただけに、こののどかの選択は、ファンの間でも物議を醸すことになりました。

たとえ自己を犠牲にしてでも、どんな相手をも優しく受け入れる女神のような存在ではなく、時には自分を守るためにNOを突きつけ、敢然と立ち向かう勇気や強さ、自分を大切にすることの大事さを伝えたいという強烈なメッセージ性を感じる作品で、それ故に、賛否が分かれ、論争を巻き起こすことにもなったわけです。

コロナ渦でなければ違った解釈もあったかもしれませんが、感染症を想定すると、現実的にそうした選択に遭遇する場面が充分に考えられ、それに対して安易で現実離れした理想論で答えるようなことをせず、批判を恐れずに真っ向から向き合ってみせたところに、『プリキュア』という作品の誠実さを感じます。

さらにこの作品では、キングビョーゲンを倒した後の最終回でも、単純な大団円などはやりません。
人間を嫌うヒーリングアニマルのサルローに、自然を破壊し、動物の命を奪う人間もビョーゲンズと変わらないのだから、地球のためには人間だって浄化すべきだと言わせ、強烈な忠告を与えます。
サルローのこの言葉に対し、のどかたちは自らを戒めると共に、解決策を考えていくと宣言してヒーリングガーデンのみんなと別れるのです。

コロナ渦の影響で、4月の最終週に放送予定だった第13話が放送延期となり、5月初週からは過去回を再放送、ようやく放送が再開されたのが6月の最終週でした※。
さらには、例年であれば1月中に迎えるはずの最終回を2月の第3週まで繰り下げ、話数も50話予定だったものが45話に短縮したことで、シリーズ中最も少ない話数となっているなど、試練に見舞われた作品となりました。
毎年3月に公開されていた、クロスオーバー作品の映画は公開が延期されて10月に公開。恒例だったミラクルライトでの応援も禁止となってしまいます。
全国各地で開催されて来たプリキュアショーも、その多くが自粛。予定されていた『ヒーリングっど♥プリキュア』の単独ライブも中止となりました。

制作の状況も作品内容とリンクするかのごとく、厳しい戦いを強いられていたわけですが、制作側はこれを不遇と嘆いて投げ出すことなく果敢に立ち向かい、結果、話数こそ短縮されたものの、最後まで描き切り、見事試練に打ち勝ったわけです。

<トピックス>
プリキュアの「正義」への問題定義
シリーズ屈指の高いテーマ性


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※この放送延期の影響で、追加戦士であるキュアエースが作中に登場する前から、各種のグッズやメディア記事が出てしまうという事態が起こってしまいます。 本来であれば6月中旬から7月初旬に登場する予定が8月に登場することになり、作中ではまだ登場していない新キャラのグッズが玩具売場や文具店、食料品店に並び、さらに児童向け雑誌やコミカライズでは、キュアエースの正体まではっきりと紹介されてしまうという酷いネタバレが発生してしまいました。