今さら聞けない『プリキュア』20年の歴史 ① プリキュア誕生秘話
2004年から放送が始まり、今年20周年を迎えた『プリキュア』シリーズ。
東映アニメーションのオリジナル作品では、これ程長く放送し続けた作品は他に例がなく、間違いなく代表作品と言えるでしょう。
今回はそんな『プリキュア』シリーズについて解説していきたいと思います。
まずは基本から。
『プリキュア』のタイトル名は、「プリティー(可愛い)」と「キュア(癒やし)」を掛け合わせた造語です。
それまでのアニメと一線を画すコンセプトとして、女の子が武器や魔法を使わずに素手のみで戦う格闘アクションが最大の特徴でした。
『プリキュア』には、概ね以下のようなシリーズ共通のお約束や基本設定があります。
- 作品タイトルには必ず「プリキュア」が入っている
- 物語は1年で完結。2月から放送が始まり、翌年の1月で終了する
- 1年ごとにキャラクターや設定をフルモデルチェンジする
- 主人公は女子中学生
- プリキュアの仲間の名前は「キュア〇〇」となっている
- 武器や攻撃魔法のようなものは使わず、基本的には徒手空拳で戦う
- 異世界から助けを求めて人間世界にやって来た妖精と出会った女の子が、伝説の戦士プリキュアに覚醒
- 異世界からやって来た妖精がプリキュアたちのパートナーになり、変身能力を与える
- 敵の怪物は物や人に悪のパワーを宿らせて作られ、「ザケンナー」などのネガティブな言葉をもじった名前になっている
- 主人公には口癖がある
- 流血は描かない※1
- 顔は殴らない
- スカートの中は見えない
上記に挙げたものは、表面的な特徴ですが、テーマ的な部分にも共通項目があります。
シリーズを通して一貫した共通テーマは、プリキュアが決して自分のためには戦わず、妖精たちや他者を助けるため、人々の笑顔を守るために戦うという点にあるのです。
同じ東映アニメーション作品の『ドラゴンボールZ』では、怒りがきっかけで超サイヤ人に覚醒しますが、プリキュアの覚醒は、憎む敵を倒したいとか、強くなりたいとかではありません。
女の子が、誰かを守りたいと強く願った時にはじめて、プリキュアとして覚醒し、戦い守る力を得るわけです。
また、激しい格闘アクションがウリでありながらも、子供に番組を見せる母親たちに受け入れられるように、流血や顔面攻撃のようなものを避けることで、それが「暴力」と映らないような細かな配慮もされています。
1年ごとに物語を完結させ、同タイトルでキャラクターや設定をフルモデルチェンジするスタイルは、3年目の『ふたりはプリキュア Splash☆Star』から採用されたものです。
続編を続けていくと人間関係が複雑になっていくために、毎年テレビを見始める新しい子供たちが途中から入り込み難くなる懸念を解消するものでした。
これには、親会社の東映が制作している仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズという同じ方式を使った成功事例があり、これを踏襲したわけですが、女の子向けアニメでは初の試みでした※2。
現在『プリキュア』シリーズが放送されているテレビ朝日の日曜朝8:30~9:00は、1984年放送の『とんがり帽子のメモル』以来、長年にわたって東映アニメーション作品が放送されてきた放送枠です。
同放送枠で1999年から2003年までの4年間放送された東映アニメーションのオリジナル作品『おジャ魔女どれみ』シリーズは非常に人気のある作品でした。
この作品では、作中の経過年月と実際の年月がリンクしており、小学3年生から始まった物語は、小学6年の卒業をもって終了となりました。
後番組となった『明日のナージャ』は、前シリーズ人気を超えるべく企画された、東映アニメーションによるオリジナル作品でした。
しかし、かつての世界名作劇場的な雰囲気を持つ20世紀初頭の西欧諸国やエジプトを舞台にしたことや、『キャンディ・キャンディ』のような往年の少女マンガ作品を思わせる作風が、ターゲット層である現在の女の子たちには響きませんでした。
低視聴率で玩具の売上も悪かったために、プロデューサーをはじめ、東映スタッフの降格人事が行われた程※3で、シリーズ作品となならずに1年で終了となってしまいます。
代わりに同枠のプロデューサーに抜擢された鷲尾天氏は、『キン肉マンII世』や『釣りバカ日誌』などを担当してきてきましたが、女の子向けのアニメは未経験な上、女の子アニメ自体見たことがなかったという門外漢でした。
(『プリキュア』シリーズでは、東映アニメーションのプロデューサーの個性が大きく反映されているのも特徴で、プロデューサーの交代と共に作風も大きく変わります。各作品のプロデューサーに着目してみると、その変わり目がより鮮明に見えてきて、より深くシリーズの変遷を理解することができます)
前作『明日のナージャ』では、過去作品をオマージュするかのような作品作りで手痛い低評価を受けてしまいました。この反動からか、次作品はこれまでとは異なる作品にしたい、との意図で鷲尾氏が担当となったようです。
そこで、『明日のナージャ』や『おジャ魔女どれみ』シリーズ、それ以前の『夢のクレヨン王国』のような、魔法や歌、恋愛といったものを描いた定番の女の子向け作品ではなく、それまでにない女の子が変身して戦う派手なアクションものというテーマで企画が進みます。
変身(変装)して戦う女の子を描く作品は、過去になかったわけではありません。
『リボンの騎士』(1967年)、『ラ・セーヌの星』(1975年)、『ベルサイユのばら』(1979年)といった女剣士が活躍するのは、ヒロインものの定番設定でした。
少女型アンドロイドが悪と戦う『キューティーハニー』(1974年)も、敵を蹴りつけたりはするものの、基本的には剣やブーメランを扱い、どこか女の子らしい華麗で優美さを持った戦い方をしていました。
1990年代は、美少女5人組が変身して戦う『美少女戦士セーラームーン』が、女の子向けアニメのNo.1に燦然と輝く存在として君臨していました。
また、より恋愛要素を強めた『愛天使伝説ウェディングピーチ』(1995~1996年)や、マンガ誌「なかよし」のマンガを原作とする『東京ミュウミュウ』(2002~2003年)のような作品もあります。
どちらも女子中学生が変身して戦う美少女戦隊もので、『美少女戦士セーラームーン』の姉妹作品、後継作品とも言える存在でした。
細かな設定は異なるものの、いずれの作品も武器や特殊能力を使って戦うもので、パンチやキックのように肉体技を使って戦う描写はほとんど見られません。
鷲尾氏によると、番組を企画するにあたり、『美少女戦士セーラームーン』を研究して、ターゲット層である女の子へのリサーチも入念に行ったそうです。
その上で、『美少女戦士セーラームーン』と同じことをしても意味はないと結論づけ、過去作品へのアンチテーゼとしての作品企画を行ったわけです。
基本コンセプトは、王子様に助けられる存在ではなく、凛々しく自律したカッコいい女の子像というもので、その点は『美少女戦士セーラームーン』とは変わらないようにも思われます。
しかし、『美少女戦士セーラームーン』で描かれていたのは、あくまで女の子的なカッコ良さであって、か弱さやかわいらしさを持ったまま、可憐で優美に敵をやっつけるというスタイルでした※4。
『プリキュア』シリーズで描かれているカッコ良さは、そうしたものとは異なり、魔法や特殊能力に頼らない物理的な力強さだったり、打ちのめされながらも諦めずに何度も立ち上がるド根性的な強さです。
鷲尾氏のインタビューでの発言などをみても、企画発想の根源にあるのは、ジェンダーフリー的な発想ではないことがわかります。
むしろ、幼年期には女の子と男の子で価値観の差があまりなく、女の子でも強くてカッコいいものに憧れる価値観があることの発見だったであろうことが推察されるのです。
第1~2作の監督(シリーズディレクター)には、東映アニメーションの『ドラゴンボール』、『ドラゴンボールZ』で監督を務め、近接格闘シーンには定評があるものの、女の子向けアニメは未経験だった西尾大介が採用されました。
西尾監督が担当した『ふたりはプリキュア』、『ふたりはプリキュア Max Heart』の戦闘シーンが『ドラゴンボールZ』にそっくりなのは、西尾監督の演出によるところが大きいためと思われます。
今や女の子向けアニメのNo.1の地位を揺るぎないものとしているかのような『プリキュア』シリーズを、鷲尾天氏と西尾大介監督という男性が生み出したというのも、なんとも興味深いお話ではないでしょうか。
こうして企画された『プリキュア』は、当時の女の子たちの支持を得て大ヒット作品となり、今や国民的アニメとまで言われるまでの長期シリーズになったことは、皆さんもご存じのことでしょう。
しかしその道は決して順風満帆というものではありませんした。
玩具の売上・映画の興行収入表を見てもわかる通り、むしろ何度も危機や困難に瀕し、その度に作中のプリキュアたち同様に諦めずに必死に抗い続けた結果、今日のような発展があるわけです。
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※1 『映画 ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス』では、シリーズを通して唯一の例外として流血シーンが描かれています。
敵となって現れたかつての飼い犬との戦うことになったキュアハートが、気持ちをストレートに受け止めるため、敢えて避けずに噛まれてみせたシーンでした。
※2 タイトルだけ残してキャラクターや設定をフルモデルチェンジするスタイルは、女の子向け作品以外では、同じ東映アニメーション作品である『デジモン』シリーズ(1999年放送開始)という前例があり、広義では『ガンダム』シリーズや『マクロス』シリーズも該当します。
※3 それまでプロデューサーを務めていた関弘美氏は、1990年放送の『まじかる☆タルるートくん』からテレビ朝日の日曜朝8:30の東映アニメーション枠作品を担当してきた名物プロデューサーで、『おジャ魔女どれみ』シリーズや『デジモンアドベンチャー』シリーズの生みの親でもあります。
第6作『フレッシュプリキュア!』からは『プリキュア』シリーズの企画にも参加し、2015年からは東映アニメーション企画営業本部の企画開発スーパーバイザーに就任しています。
※4 『美少女戦士セーラームーン』が『プリキュア』シリーズと決定的に異なるのは、女の子の秘めたる欲望を肯定して女の子にとって都合の良い理想の世界を描いている点で、そこにはもちろん性的なものも含まれています。
当時の女の子は、『美少女戦士セーラームーン』が描き出す理想世界に憧れ、夢中になったわけです。
『プリキュア』の場合は、女の子にとっての理想世界を描き出すのではなく、強さへの憧れの対象として、必ずしも女の子にとって都合の良いわけではない世界の中で、力強く自立している女の子ヒーローの姿を見せるというもとなっています。