アニメソング(アニソン)の歴史 ④ 『機動戦士ガンダム』と井荻燐

前回は、昭和期のテレビアニメでは、音楽制作はテレビ局とレコード会社が担っていたため、ほとんどの場合、アニメ監督に作品の楽曲について口を出す権限がなかった(意見は言っても、決定権はありませんでした)ことに触れました。
『宇宙戦艦ヤマト』、『銀河鉄道999』の成功を受け、アニメ制作側では子供向けアニメから青年向けアニメへと移り変わろうとする時代の変化を強く意識して作品を制作していましたが、レコード会社にはまだその意識は低く、作品タイトルを連呼するような子供向けの楽曲を作り続けて、作品内容とギャップが出てしまうことも多くありました。
アニメの楽曲は、各レコード会社の学芸部※1と言われる部署が担当し、作詞家への依頼やコントロールを行っていたようです。

誤解を恐れずに言えば、子供向けの楽曲で大事なのは、小さな子供たちでも口ずさめる簡単なメロディに、印象に残って力強いサビであり、歌詞は夢や希望を抱かせるようなポジティブなものであれば良く、作品との連動であるのだから、作品タイトルや必殺技の名前を印象的に盛り込む、といったところでしょうか。

『機動戦士ガンダム』(1979~1980年)の生みの親である富野由悠季監督は、それに満足せず、主題歌にも主人公の内面描写や作品の意図などを盛り込みたいと考えていたわけです。
さらに各種のインタビューなどで富野監督が語るところによれば、プロとして作る以上は、アニメの主題歌に過ぎないという価値観に守られて安易なものを作るのでなく、当代一流の歌謡曲に勝てるような楽曲を作りたいという高い志と意気込みで臨んでいたようです。

富野由悠季監督はこれに対抗すべく、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』において、「井荻燐」のペンネーム※2で自ら作詞を手掛けました。
オープニングに関してはレコード会社の要望に抗うことが出来ず、作品名(主役ロボット名)を盛り込んで作るものの、エンディングでは親が息子に語りかけるような構図で、主人公のアムロ=視聴者である男の子たちへのメッセージ性を込めた叙情的な楽曲で、それまでのアニメ主題歌らしくないものとなっています。

『機動戦士ガンダム』OP「翔べ! ガンダム」歌:池田鴻/作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士
『機動戦士ガンダム』ED「永遠にアムロ」歌:池田鴻/作詞:井荻麟/作曲:渡辺岳夫/編曲:松山祐士

『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるや『仮面ライダー』や『サイボーグ009』の石ノ森章太郎、『ゲッターロボ』や『魔女っ子チックル』※3の永井豪、『パーマン』『ジャングル黒べえ』の藤子不二雄のように、原作者であるマンガ家が、アニメ化(映像化)の際に主題歌の作詞を手掛ける例はありましたが、オリジナルアニメでアニメ監督が作詞を手掛ける例は初でした。

『ゲゲゲの鬼太郎』(1971~1972年)歌:熊倉一雄/作詞:水木しげる/作曲:いずみたく/編曲:大柿隆
『サイボーグ009』(1979~1980年)OP「誰がために」歌:成田賢、こおろぎ’73/作詞:石森章太郎/作曲:平尾昌晃/編曲:すぎやまこういち
『魔女っ子チックル』(1978~1979年)歌:堀江美都子、コロムビアゆりかご会/作詞:永井豪/作曲:渡辺岳夫/編曲:馬飼野俊一

富野由悠季監督によるこうした従来のアニメソングに対する反抗は、後のサンライズ作品に引き継がれていき、やがてそれに触発されてか、あるいは視聴者層や市場の変化による対応なのか、アニメソング全体に変化の時代が到来するのです。


次回に続く。

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1 レコード会社における学芸部というのは、邦楽部と洋楽部のどちらにも属さないアニメ、映画音楽、童謡、教材、落語などの楽曲制作を担当している部署です。

2 富野由悠季監督は、『機動戦士ガンダム』の前作である『無敵鋼人ダイターン3』(1978~1989年)でも作詞を手掛けています(クレジットは「日本サンライズ企画室」)。

3 『ゲッターロボ』と『魔女っ子チックル』は永井豪のマンガのアニメ化ではなく、厳密には永井豪と石川賢(『ゲッターロボ』)、永井豪とダイナミックプロ(『魔女っ子チックル』)が原作を務めるオリジナルアニメです。コミカライズもされていません。


アニメソングの歴史
① 基礎編:基本フォーマットと分類について
② 鉄腕アトムからはじまったアニメソング
③ 『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』によって児童向けから脱却
④ 『機動戦士ガンダム』と井荻燐
⑤ サンライズアニメの先進性
⑥ マクロスとクリィミーマミの衝撃
⑦ 独自路線を歩むタツノコアニメ
⑧ タイアップソング黄金時代 前編
⑨ タイアップソング黄金時代 後編
⑩ キャラクターソングの歴史 前編
⑪ キャラクターソングの歴史 後編
⑫ 声優アーティスト 前編
⑬ 声優アーティスト 後編
⑭ 新世代のアニソン歌手たち
⑮ アニメソングが作られる工程
⑯ アニメソングの多様性時代と海外発信力
⑰ アニメソングの課題