アニメソング(アニソン)の歴史 ⑮ アニメソングが作られる工程
ここまで見て来たアニメソングについて、現場ではどのような流れで作られているのでしょうか。
製作の座組によって変わりますが、製作を主導するテレビ局のプロデューサーが、音楽プロデューサーの役割も担う場合や、テレビ局が懇意にしているレコード会社や音楽プロデューサーに任される場合、製作委員会に参加しているレコード会社が担当する場合などがあり、制作の主体はその都度変わります。
まずはプロデューサーが作品の方向性からどのような楽曲が必要なのかの大まかな方向性を決め、これをディレクターに伝えます。
ディレクターは、作曲家や作詞家、歌うアーティストを誰にするか、どのような歌詞や曲にするのか、プロデューサーの抱くイメージを具体的な形に落とし込んでいきます。
レコード会社が自社レーベルのアーティストから選出したり、芸能・音楽事務所に打診・募集してデモテープを提出してもらい、曲のコンペを行うこともあります。
もちろんプロデューサーなどが、懇意にしていたり、依頼内容と得意ジャンルが合致していたり、あるいは以前から目をつけていた注目株だったりといったようなアーティストや作曲家に決め打ち(指名オファー)で依頼することもあります。
シンガーソングライターであれば一括で依頼できますが、作詞・作曲・編曲・歌唱と担当者が別々の場合は個別に依頼しなくてはなりません。
コンペで曲が選ばれた場合は、そこから作詞家に詞を依頼しますが、編曲のタイミングも、作詞の前後どちらになるかはその時々で異なります。
歌詞と曲のどちらを先にするかにも決まりはなく一概には言えませんが、近年の楽曲では、作詞によるメッセージ性よりもメロディや曲調の方が重要視されることが多いため、作曲、編曲の次に作詞という流れで作られることが一般的と言えるでしょう。
アニメソングの場合は89秒という制約の中で、サビやAメロBメロをどのような秒間で配置するとより効果的かという作曲の方法論から構成される関係上、作詞先行による制約があっては作り難いという事情もあります。
特に近年はテンポが速く、短い時間で様々な要素を詰め込んだ曲が好まれる傾向にあるので尚更です。
歌唱を担当するアーティストの選定に関しては、製作委員会にレコード会社が参加している場合は、基本的にはそのレコード会社のレーベルに所属するアーティストから選ばれることになります。
ただし、プロデューサーや監督による強いこだわりや、原作者からの要望などで、例外的にそのレコード会社以外のアーティストに依頼することもあります。
曲を依頼する際には、作品の企画書やイメージボードなどの資料が渡され(マンガ原作の場合はコミックが提供されることもあります)、作曲家や作詞家はその資料からイメージを膨らませて創作をすることになります。
この時、プロデューサーやディレクターから、ポップで明るい感じでとか、作詞中に作品の中で重要となるキーワードのいくつかを入れて欲しいといった注文が加えられることもあります。
黎明期のアニメソングでは、途中から見始めても内容に入り込めるようにとの配慮からか、作品の説明的な歌詞となっている例も見られます。
タイアップソングが盛んになった1980~1990年代には、作品数が爆発的に増えた時期でもあり、作品との親和性が低い楽曲が使用されることも往々にしてありました。
『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の初代オープニング曲であるJUDY AND MARYの「そばかす」は、失恋した女の子の切ない気持ちを表現した歌で、明治時代を舞台に剣客たちが戦うアニメの内容とはかなりギャップがあるものでした。
これは、短期間での急なオファーで、作品内容も伝えられなかったため、作詞を担当したYUKIは『キャンディ・キャンディ』をイメージして歌詞を書き上げたと語っており、JUDY AND MARYプロデューサーであった佐久間正英も、アニメを曲の宣伝としてしか認識しておらず、作品に合わせようという意思がなかったことを明かしています。
皮肉にもこの曲はファンに支持されて大ヒットとなり、当初は違和感を抱いたであろう視聴者たちも、『るろうに剣心』と言えば「そばかす」を連想する程に定着しましたが、この時期には、このような作品内容とギャップのある楽曲が往々にして見られました。
近年では、作品との親和性が重要視される傾向にあり、名実共に作品の顔となる楽曲が増え、作品との相乗効果を生み出す例も多く見られるようになりました。
個別の例を見ると、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995~1996年)のオープニング曲「残酷な天使のテーゼ」では、大月俊倫プロデューサー※が音楽プロデューサーも兼ね、編曲を担当した大森俊之がディレクターという立ち位置でした。
作曲家の佐藤英敏に曲が依頼され、上がって来たいくつかのデモテープから大森が選曲し、大森の紹介で高橋洋子が歌を担当することに決定。作詞は大森の知り合いだった職業作詞家の及川眠子に依頼されました。
及川眠子は、大月俊倫プロデューサーから「哲学的な難しい歌詞」という注文と、分厚い企画書と未完成の2話分のビデオを渡され、高橋洋子がメロディを吹き込んだデモテープを聞いて作詞したとのことです
庵野秀明監督自身は、歌劇『イーゴリ公』の「韃靼人の踊り」の使用を希望していたものの、テレビ局からNGが出て、この曲が作られることになったそうで、今ならその希望は通ったかもしれませんが、当時の庵野監督にはそこまでの権限はなかったわけです。
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のオープニング曲YOASOBIの「祝福」は、同作で脚本・シリーズ構成を担当した大河内一楼による小説『ゆりかごの星』(PROLOGUEから第1話までの間を描いた小説)をもとに制作されたものです。
そのため、歌詞と物語とのリンクする部分が非常に多く、最終回(第24話)のサブタイトルには、「祝福」の最後のフレーズの歌詞「目一杯の祝福を君に」が使われるなど、作品との距離がより密接になっています。
全ての作品で、そこまで密接にガッツリ組み合った形での楽曲制作が行われるものでもないでしょうが、このような成功例が出ている以上、今後もこのような流れが好まれ、新たな成功事例が生み出されていく可能性は大きいと思われます。
次回に続く。
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※ 大月俊倫は、キングレコードに在籍する音楽プロデューサーで、『新世紀エヴァンゲリオン』では製作のプロデューサーを務めていました。
アニメソングの歴史
① 基礎編:基本フォーマットと分類について
② 鉄腕アトムからはじまったアニメソング
③ 『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』によって児童向けから脱却
④ 『機動戦士ガンダム』と井荻燐
⑤ サンライズアニメの先進性
⑥ マクロスとクリィミーマミの衝撃
⑦ 独自路線を歩むタツノコアニメ
⑧ タイアップソング黄金時代 前編
⑨ タイアップソング黄金時代 後編
⑩ キャラクターソングの歴史 前編
⑪ キャラクターソングの歴史 後編
⑫ 声優アーティスト 前編
⑬ 声優アーティスト 後編
⑭ 新世代のアニソン歌手たち
⑮ アニメソングが作られる工程
⑯ アニメソングの多様性時代と海外発信力
⑰ アニメソングの課題