声優の解説書 その⑦ アフレコ収録1 アフレコとは?
声優が声の収録をすることを、一般的には「アフレコ」と呼んでいますが、これは厳密に言うと正確ではありません。
アフレコはアフター・レコーディング(after recording)の略で、元々は、映画やテレビドラマなどの撮影後に、撮影時の音声不良やセリフの差し替えなどの理由から、俳優たちが録音スタジオなどで声のみを別途収録することであり、現在の用法のように「収録すること」を指す言葉ではなく、収録の一手法を指す言葉でした。
アフレコもアフター・レコーディングも「後録り」という業界用語を無理やり英訳しただけの完全な和製英語で、声優業の発展していない海外では、再録音との意味から「ダビング(dubbing)」※、あるいは「ポストレコーディング(postrecording)」などと呼んで、映像編集などの仕上げ作業であるポストプロダクション(postproduction)の一部として捉えられています。
今ではあまり聞かれなくなりましたが、かつては「アテレコ」という言葉も使われており、こちらは上述のアフレコと区別する言葉として、映像にセリフを割り「当て」る、キャラクターに声を「当て」るという意味合いから派生した言葉でした。
声優人気と共に、「アフレコ」や「アテレコ」という言葉が世に広まりますが、「アテレコ」という用語は、俳優が撮影後にセリフを後録りすることと区別する必要があった業界内においてこそ便利に使われていたものの、そもそもセリフの後録り自体が、業界外やファンたちの間ではあまり知られていない作業であったために、その違いがよくわからないという状況となっていました。
また、俳優からの転向や兼業ではなく、専属化が進んで声優しか経験のない世代が増えると、業界内においても区別の必要性が薄まっていきます。
その後、メディアなどで用語の説明をする際に、映像の前に録るのがプレスコ(後述)で、後に録るからアフレコであるとの説明がされるようになると、その解りやすさからか、「アフレコ」が市民権を獲得して、「アテレコ」という用語があまり使われなくなっていきました。
さらに現在では、収録方法の一つを指す「アフレコ」という用語の意味が拡大して、アニメ作品や海外映画(吹き替え)における収録自体を「アフレコ」と呼ぶようにもなっています。
「収録」だけだとオーディオドラマやゲーム、ラジオの収録との区別がつかなくなるので、「アフレコ収録」という言い方もされますが、単に「アフレコ」と言えば、アニメ作品や海外映画の収録を指す用語として、一般的にも広く浸透しています。
アニメ制作における音声収録の方法には、アフレコの他にプレスコというものがあります。
先に音声収録をして、その音声に合わせる形で作画を行う制作手法を指す用語で、海外でのアニメ制作ではプレスコ方式の方が主流となっています。アニメ以外にも、ミュージカル映画などで、先録りした歌曲に合わせて演技をするのもプレスコ方式となります。
海外でのアニメ制作ではプレスコ方式が主流なのに、なぜ日本ではアフレコ方式が主流なのかと言えば、テレビアニメの制作スケジュールの要因が大きいようです。
日本で主流の毎週30分枠で放送されるテレビアニメの場合、スケジュールが非常にタイトなために、収録を待ってから作画をする余裕がありませんから、作画も収録も同時進行で進めてしまう必要があるのです。
そのため、収録の際には、映像が完成していないことが多く、「線撮り」※という間に合わせの映像素材が用意されます。
それらの映像素材を見ながら収録を行い、編集段階で完成映像と合体させて作品を作り上げるわけです。
アフレコは、決められた枠やタイミングなどでの演技を声優側に強いる制作方式のため、声優の技能なしには成り立たないという側面があり、音声に合わせて作画する手間や時間を省き、声優にその分の負担を負ってもらっているという見方もできます。
限られたスケジュールや制約の中で、不完全な映像素材のみで収録を行うことが可能な声優の存在がなくては、今日のような日本アニメの隆盛もなかったかもしれません。
次回は、プレスコについて更に詳しく取り上げていきます。
※ダビング(dubbing)
吹き替えのことを海外では「ダビング」というのが一般的で、吹替版は「Dub」、字幕版は「Sub」といったように表記しています。
※本来は、アフレコ収録までに完成映像である「本撮」を用意できるのが理想ですが、1クール作品などで制作スケジュールがタイトな場合、各作業の遅延の影響で、「線撮り」と呼ばれる未完成の素材を使って間に合わせのアフレコ用映像素材を作成することがあります。
「線撮り」には、絵の入り具合から、下記のような種類があります。
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タイミング撮:エフェクトなどの映像加工処理が加えられていない映像素材
動撮:色の入っていない線のみの動画を繋げた、動きがはっきりとわかる映像素材
原撮:中割り(動画)のない原画のみを繋げた、カクカクと動く映像素材
ラフ原撮:原画の下書きを繋げたもので、なんとなく動きの様子がわかる程度の映像素材
レイアウト撮:原画や動画を作成するための設計図であるレイアウト素材を繋げた、動きがわからない映像素材
コンテ撮:カット割などの指示用に作成されたコンテ(絵が入っている場合も、文字だけの場合もあります)を繋げた映像素材
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ちなみに、セルアニメ時代の名残りで「〇撮」という用語が使われていますが、現在はデジタル制作が基本のため、撮影は行われず、デジタル処理によって映像素材を作成しています。
また、セルアニメ時代には、「本撮」とは別に、撮影会社に依頼して撮影を行っていたために余計な出費となっていましたが、現在のデジタル制作の現場では、上記のような映像素材を工程確認用に都度用意しているため、アフレコだけのために別途作成するものではなくなっているようです。
セルアニメ時代には、上記の他に、絵コンテすら出来ていない場合の最終手段として、真っ白なフィルムに、黒・赤・青などのマジックを使ってキャラ別に色分けをされた、セリフを入れるタイミングだけが最低限わかる線を引いた映像素材も使われていたそうです。
声優の解説書 その①
声優の歴史 第一章 ラジオ時代
声優の歴史 第ニ章 テレビ時代
声優の歴史 第三章 声優事務所と養成機関の拡大
声優の歴史 第四章 声優ブームの到来
声優の解説書 その② 声優は日本だけの特殊な職業
声優の解説書 その③ 声優のお仕事
声優の解説書 その④ 声優の労働闘争
声優の解説書 その⑤ 声優の報酬システム
声優の解説書 その⑥
キャスティング事情1 オーディションの募集
キャスティング事情2 オーディション内容
キャスティング事情3 オーディション以外
声優の解説書 その⑦
アフレコ収録1 アフレコとは?
アフレコ収録2 プレスコ
アフレコ収録3 レギュラー番組・別録り