声優の解説書 その① 声優の歴史 第ニ章 テレビ時代

声優の解説書

前回は、ラジオ時代の声優誕生について取り上げましたが、今回はテレビ時代の声優の歴史を紐解いていきます。

1953年に放送を開始したテレビが普及※するにつれ、メディアの主役がラジオからテレビに移行すると共に、声優の活躍の場もテレビに移ります。
テレビの黎明期、放送コンテンツとしての映画需要を担うはずの日本の大手映画会社は、テレビ放送の将来を過小評価しており、映画館での興行収入を低下させるとの理由から、1959年以降にテレビとの共存へ方針転換するまでの間、テレビへの映画の提供拒否や専属俳優の出演制限を行いました。
そのため、各テレビ局は、コンテンツ不足を、アメリカから映画やテレビドラマ、アニメーションを大量に輸入することで補填せざるを得なくなり、結果として、その吹き替えを担っていた、放送劇団員や舞台俳優たちで構成される声優の需要が急速に高まり、声優を専業とする者たちが現れるようになっていきました。

こうして、ラジオドラマの普及、テレビ放送の外国作品の吹き替え需要という2つの要因によって、専業としての声優人口が増えるようになると、当然の流れとでもいうように、報酬や契約、待遇の改善などを求める労働問題が立ち上がってきます。
1960年、外国映画の輸入と日本語吹替版の制作・配給を行っていた太平洋テレビジョンの芸能部※に所属する俳優やスタッフたち(羽佐間道夫、中村正、小林清志、来宮良子たち)は、こうした労働問題の解決を目指し、独立して俳優たちの経済的改善向上を目的とする組織を創設します。
それが声優事務所の草分け的存在である東京俳優生活協同組合(通称:俳協)です。
会社組織ではなく、俳優やマネージャーたちが出資して共同で(選挙により選出された理事会によって)運営される生活協同組合であり、所属する声優・俳優のマネジメントに留まらず、現在では映画・演劇・声優コースの養成所、ミュージカル専門の舞台公演を行う劇団俳協、小劇場であるTACCS1179の運営も手掛けています。

1963年に放送が開始された『鉄腕アトム』を皮切りにテレビアニメの隆盛が始まると、この俳協から独立する形で、次々に声優事務所が生まれていきました。
次回はこの声優事務所の拡大を取り上げます。


※テレビの普及率は、日本の経済成長とテレビ受像機の価格低下によって急速に拡大し、放送開始から5年後の1958年には、受信契約数が100万に到達。1959年4月の皇太子御成婚による特需もあって200万を突破。テレビ中継された御成婚パレードは推定1500万人が視聴したと言われています。

※太平洋テレビジョンの芸能部は、最盛期には約600人の所属タレントが所属していたという巨大プロダクション


声優の解説書 その① 声優の歴史
第一章 ラジオ時代
第ニ章 テレビ時代
第三章 声優事務所と養成機関の拡大
第四章 声優ブームの到来

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