声優の解説書 その① 声優の歴史 第一章 ラジオ時代

声優の解説書

『鬼滅の刃』のブーム以降、声優への注目はますます高まっており、数々のテレビ番組で声優がゲスト出演するのを見かけるようになりました。
現在、アニメへの役付き※での出演者として神籬のデータベースに登録されている声優は7,500名以上。
海外作品(映画・ドラマ)の吹き替えを専門としている声優や、ゲームへの出演のみ、役名のない端役での出演のみの声優も含めると、およそ1万人以上。声優のマネジメントを行っている事務所(プロダクション)は、800社以上も存在します。
さらに、養成所に通ったり、通信講座を受講するなどして声優を目指す志願者は30万人もいると言われています。

現在ではここまで人気の職業になった声優ですが、その草創期のことはあまり世間では知られていません。
そこで今回は、声優はいかにして誕生したのかを見ていきましょう。

日本の声優の歴史は、1925年3月に東京の芝浦にあった東京放送局(現・NHK)の仮放送所で開始されたラジオ放送で、同年4月に映画せりふ劇『大地は微笑む』が放送されたことに遡ります。
出演したのは、新派※の俳優だった井上正夫、栗原すみ子、奈良真養。
これが日本における声優の初出だといわれています。

当初は、既成の演劇や映画の演目を使い、当時の名立たる舞台俳優たちが、スタジオで演じる音声をそのまま電波に乗せたもので、この時代にはまだ録音放送などはありませんから、当然ながら一発勝負の生放送です。
同じくラジオ開始年の8月には、ラジオドラマ用の脚本で、臨場感を出すための音響効果(効果音など)を用いた本格的なラジオドラマ『炭坑の中』が放送されると、これが大きな反響を呼び、ラジオドラマが今後の重要な放送コンテンツになると見込んだ東京放送局は、当初起用していた劇団俳優や映画女優だけでは需要を満たせないと、ラジオドラマ研究生を公募します。
その後もラジオドラマ需要は拡大し続け、1941年には東京放送劇団を設立。
他局でも同様に放送劇団が次々と設立され、多くのラジオドラマ専門の俳優である「ラジオ俳優」が生まれましたが、これをもって日本の声優の起源とする研究者もいます。

ちなみに、東京放送劇団出身者には有名な声優がいます。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の荒巻役などで知られる大木民夫は2期研究生、
『鉄腕アトム』のお茶の水博士で知られる勝田久は3期生、
『サザエさん』の磯野カツオ役(2代目)で知られる高橋和枝も3期生、
声優ではありませんが、3期生には俳優の名古屋章、5期生には女優・タレントの黒柳徹子もいました。

「声優」という呼称については、古くは昭和元年となる1926年(大正天皇の崩御で12月25日に改元し、わずか数日間のみの昭和元年)の新聞紙面に記載が見られるとのことで、東京放送劇団の団員が活躍するようになった1940年代には、業界関係者やマスコミなどの間で、一般的に使用されるようになっていたそうです。
1980~90年代頃に和製英語の「キャラクターボイス」という呼称も広まりましたが、これはアニメ雑誌が誌面で使い出したもので、現在ではあまり使われなくなっています。

次回は、テレビが普及した時代の声優の歴史を取り上げます。


※役付き:「通行人A」や「男A」といった役名のない端役ではなく、「竈門炭治郎」や「蜘蛛妹」などのように名称が設定されているような役をもらって出演している声優を指す用語。

※新派:明治時代に始まった現代劇の舞台の呼称。それまでの歌舞伎を旧派として、それに対して新しい舞台芸能という意味合いで「新派」と呼ばれました。


声優の解説書 その① 声優の歴史
第一章 ラジオ時代
第ニ章 テレビ時代
第三章 声優事務所と養成機関の拡大
第四章 声優ブームの到来

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