アニメ制作拠点の地方化

アニメの未来を考える

2022年6月10日に、『魔法少女まどか☆マギカ』や『化物語』シリーズなどで知られるアニメ制作会社のシャフトが、静岡県に新スタジオ「シャフト静岡スタジオAOI(SHAFT.aoi)」を設立しました。

「AOI」の名称は、スタジオの所在地である静岡市葵区からのようですが、なぜ静岡なのか、所属人数や規模感など、詳しい情報は未発表ですので、今後の情報発表を期待したいところです。
日本動画協会の発表によると、東京都に本社を構えるアニメ制作会社は全体の90%弱で、中でも杉並区、練馬区および西武線、中央線沿線に集中しています。

これは、日本アニメの黎明期に
東映動画(現・東映アニメーション):1956年に練馬区東大泉で創業
虫プロダクション:1961年に練馬区富士見台で創業
竜の子プロダクション(現・タツノコプロ):1962年に武蔵野市で創業
東京ムービー(現・トムス・エンタテインメント):1964年に南阿佐ヶ谷(杉並区成田東)に移転
といった制作会社が誕生し、それと共に、周辺に下請けや彩色・撮影などを担当する関連会社が次々に出来ていったことに由来します。
アニメは、その黎明期において、原画や動画、セル画への色塗り、撮影などの工程で、紙やセル画、フィルムなどを持ち運ぶ必要があるため、各工程を担当する会社との距離が近い方が効率的で、狭い範囲に制作会社や関連会社が集中しやすい特性がありました。
サンライズ(1972年に杉並区上井草で創業)、マッドハウス(1972年に南阿佐ケ谷で創業)、動画工房(1973年に練馬区で創業)などのように、東映動画や虫プロから独立した人たちが、他県には行かず、近隣エリアに寄り合う形で次々にスタジオを構えたのも、こうした利便性ゆえというわけです。
また、完成したアニメの納品先であるテレビ局(キー局)の近くであることも必要ですので、テレビ局の多い都心に近く、且つ家賃が安いという条件に合致するエリアとして、当時はまだ地価の低かった杉並区や練馬区などのエリアが選ばれたという背景もあります。

ところが時代が下り、セル画からデジタル作画への移行※やインターネットの普及などによって物理的なやり取りが不要になったために、この移動距離的な有用性が薄まってしまい、また、地価の高騰により、都心近くに本拠を構える経費面での負担も増大してしまいました。
また、現在では、多くの制作会社がサーバーやメールを使ってネット上で作画データのやり取りや納品などを行っていますし、WEBミーティングで地方スタッフと打ち合わせることも可能となっていますから、拠点地を限定する制約がほとんどなくなっています。
これらのことから、所属スタッフの移住や、地元での雇用などの人的要因がクリアできれば、地方に拠点を移すという選択肢を望む制作会社がでてくるのも当然の流れと言えるかもしれません。

京都アニメーションやP.A.WARKSなどの存在の影響も大きいでしょう。

旧虫プロで仕上げをしていた杉山陽子が京都で創業した京都アニメーションも、Production I.Gのプロデューサーだった堀川憲司が富山で創業したP.A.WARKSも、実は、家庭の事情により、一旦はアニメの仕事から遠ざかる形で移住した地で、再びアニメの仕事がしたいという理由で立ち上げられた会社で、アニメ制作拠点の地方化を本意としたものではありませんでした。

しかしこの2社は、数々のヒット作を生み出して事業を成功させたばかりではなく、地方都市という環境でも充分にアニメ制作が成立し得ることを実証し、それまでの東京以外ではアニメを作れないというアニメ業界の常識を覆してしまいました。

地方側に目を向けてみると、アニメ産業への社会的注目度が高まっていることや、昨今の聖地巡礼ブームなどもあって、制作会社の誘致に乗り出す自治体も出始めています。
アニメ制作会社は、地元に様々な関連雇用を生み出し、人気のある事業であるために若者の流出を食い止める効果も期待できる上、工場や産業廃棄物系の誘致に比べて専有面積も小さくて済み、環境への影響もないクリーンな事業のために、自治体にとって非常に魅力的な事業と言えます。
実際に、名古屋市の助成金を受けて開設されたサブリメイション 金山・塩釜口スタジオや、新潟県の誘致を受けて設立した新潟エイトビットアニメーションスタジオなどの例も存在していますから、今後もこうした誘致が進むものと推測できます。

制作環境も、経済的な問題もアニメ制作拠点の地方化に適した状況となっている中、地方に拠点を移した制作会社からは、先にも述べた人材集めで苦労している声も聞かれ、採用問題が目下最大の課題となっているようです。
今後は、地方の専門学校との連携や、スタジオでの養成所開設など、採用問題への取り組みが、アニメ制作拠点の地方化成功のポイントになっていくようです。

<関東圏以外で本社を構える主な制作会社・スタジオ>
京都アニメーション1985年に京都府宇治市で設立
P.A.WARKS:2000年に富山県城端町(現・南砺市)(創業時は越中動画本舗)
・GoHands:2008年に大阪府大阪市で創業
スタジオぷYUKAI:茨城県つくば市で設立
エカチエピルカ:2017年に北海道札幌市で創業
スタジオエイトカラーズ:2021年に高知県高知市で創業
Shifter Project:2021年に長野県長野市で創業

<本社と離れた地方にスタジオを構えている例>
プロダクションIG 新潟スタジオ:新潟県新潟市(1991年開設)
ufotable 徳島スタジオ:徳島県徳島市(2009年開設)
旭プロダクション 白石スタジオ:宮城県白石市(2009年開設)
ライデンフィルム 大阪スタジオ:大阪府大阪市(2012年開設)
ライデンフィルム 京都スタジオ:京都府京都市(2015年開設)
WHITE FOX 伊豆高原スタジオ:静岡県伊東市(2016年開設)
サブリメイション 金山スタジオ:愛知県名古屋市(2016年開設)
MAPPA 仙台スタジオ:宮城県仙台市(2018年開設)
WIT STUDIO 茨城スタジオ:茨城県つくば市(2018年開設)
サブリメイション 塩釜口スタジオ:愛知県名古屋市(2019年開設)
ENGI 倉敷スタジオ:岡山県倉敷市(2020年開設)
アルボアニメーション 山形スタジオ:山形県(2020年開設)
新潟エイトビットアニメーションスタジオ:新潟県新潟市(2021年開設)
ENGI 札幌スタジオ:北海道札幌市(2021年開設)
サブリメイション 仙台スタジオ:宮城県仙台市(2022年開設)
シャフト静岡スタジオAOI:静岡県静岡市(2022年開設)
MAPPA 大坂スタジオ:大阪府大阪市(2023年以降開設予定)

※デジタル化が進むアニメ業界で、最後までセル画での制作が行われていた『サザエさん』がデジタル制作に完全移行したことから、2013年9月29日放送分をもって、日本のアニメ業界におけるセル画・フィルム撮影によるアニメ制作は終了したとされています。