声優の解説書 その② 声優は日本だけの特殊な職業
声優というものが、現在これ程までに人気の職業となり、30万人とも言われる多くの志願者がいるのは、世界広しといえども、日本だけです。
声優という仕事自体は海外にも存在します。日本程の専業化は進んでいませんが、アニメ作品のキャラクターを演じたり、外国語の映画やドラマなどを自国語で吹き替えたりする仕事があり、俳優などが兼業で担当するケースが主流となっていました。映画の吹き替えなどは、識字率の問題から、日本よりもその必要性が高い国すらあります。
日本と違う点は、海外では、近年までアニメは子供向けの娯楽だという認識が根強かったことが挙げられます。子供向けであることから、高度な演技力や表現力は求められず、世間的なものだけではなく、当の出演者すらも、声優という仕事を、俳優よりも一等低い仕事だと認識していたのです。
また、海外作品の自国語への吹き替えについても、海外では、吹き替えをしている人への関心は低く、アニメの場合と同じく、売れない俳優のアルバイト的なものとの認識が主流で、日本のように声優が専業の職業として確立し得なかった理由ともなっています。
今では想像できませんが、日本ですら、過去には、声優に対して俳優よりも下に見る偏見が業界内に蔓延っていた程です。
日本が特殊だったのは、ラジオドラマの流行で、早くから声で演じる役者(ラジオ俳優)に高い演技力が求められ、養成機関が作られて声優の専業化が進んだことや、早い段階でアニメを子供だけのものとする認識から脱し、中高生以上のヤングアダルト層向けの作品が主流になっていったこと、それに伴い、声優により高い演技力や表現力が求められ、それに応える形で、高い技能を持った声優が次々に生まれたことが大きいと思われます。
その結果、個性的な声優への注目や関心が高まり、ファンが生まれるようになったことが、海外との決定的な違いです。
最近では海外でも、声優への認識や、声優の専業化についても状況が変わりつつありますが、長い間、海外では声優が専業化せず、当然ながら、声優の養成所や専門学校なども存在しませんでした。それには、能力の高い役者は、売れない頃は声優の仕事で生活費を稼ぐことがあっても、いずれは頭角を現して俳優として巣立ってしまうため、個性的で有能な専業の声優が業界に留まらない傾向があり、結果的に世間でも声優に注目が集まることがないという構造的な理由があるのです。
海外では、日本程には声優の専業化が進んでいないとお話しましたが、専業声優が全くいないということではありません。アメリカには、何十年も放送し続けている国民的アニメのような作品があり、その主役たちを演じる声優たちは、高額な報酬で同じ役を演じ続けています。
1989年に放送を開始したアメリカ史上最長のアニメである『ザ・シンプソンズ』では、父・ホーマー役のダン・カステラネタ、母・マージ役のジュリー・カブナー、長男・バート役のナンシー・カートライト、長女・リサ役のイヤードリー・スミスと、30年以上も声優を交代せずに放送し続けていますが、年間22話が制作されるエピソードの1話当たり40万ドル(5,368万円)※の報酬を得ており、専業声優の代表例となっています。
1930~1969年までに制作されたワーナー・ブラザースのアニメ『ルーニー・テューンズ』で、バッグス・バニー、ダフィー・ダック、トゥイーティー、シルベスター・キャットなどの登場キャラクターを、ほぼ一人で演じていたメル・ブランクという声優もいました。
ただし、これは非常に希なケースで、1997年から放送されている長寿アニメ『サウスパーク』では、作品の制作者であるトレイ・パーカーとマット・ストーンが、監督や脚本、作画、音楽制作の他、登場人物の声まで担当しており、『ファミリー・ガイ』(1999年放送開始)や『アメリカン・ダッド』(2005年放送開始)も、主人公役を制作者(原案・製作総指揮)のセス・マクファーレン※が担当していたりと、制作者が声優も兼業してしまうケースが多く見られます。
また、俳優より下と見られる声優業の現状とは逆に、ディズニーアニメ『アラジン』のロビン・ウィリアムズ、ピクサーアニメ『トイ・ストーリー』のトム・ハンクスのように、有名な映画俳優を声優に起用するケースも見られますが、これは日本のアニメ映画で有名芸能人が起用されるのと同じマーケティング手法で、専業声優とは別の範疇でのお話です。
海外からすると、声優という職業が、人気職業ランキングの上位に上ったり※、テレビ番組に顔出しで出演したり、さらには、声優の養成所や専門学校が何十校もあり、高等教育機関である大学にすら声優学科があるという日本の状況は、とても考えられないでしょう。
声優人気は日本だけに留まりません。
海外の熱心な日本アニメファンは、吹き替えで聞くことを良しとせず、字幕版を好んで観たり、ネイティブで作品を楽しみたいと、アニメ目的で日本語を学ぶ強者までいる程です。
中国版SNSの微博(Weibo)では、2019年3月にアカウントを開設した声優の花澤香菜のフォロワー数は51.9万を超えています。これは中国でも人気のあるGACKT(40.8万)、小松菜奈(38.9万)、嵐(35.4万)などよりも上ですから、いかに声優人気が高いかの一端を知ることができます。
※米ドル/円の為替レートは、2022年6月17日時点で1ドル=134.2円
※2008年に、米国のメディア各社により、『ザ・シンプソンズ』第20シーズンに向けて20世紀フォックスと声優との交渉が難航していた出演契約について、主要キャストの報酬額が1人1話につき最大40万ドルで4年契約を結んだことが報じられました。
※セス・マクファーレンは、日本では、映画『テッド』『テッド2』の監督・脚本・製作および、主人公テッド役の声優として知られています。
※ニフティ株式会社が2021年4月に公開したレポートによると、子ども向けサイト「キッズ@nifty」にて小中学生を中心とした子どもたちを対象に「なりたい職業」に関するアンケート調査を実施したところ、1位のマンガ家・アニメーター・イラストレーター、2位の医者、学校の先生に次ぐ3位にユーチューバー、歌い手、保育士、シェフ・パティシエと並んで声優が、なりたい職業として入る結果でした。
声優の解説書 その①
声優の歴史 第一章 ラジオ時代
声優の歴史 第ニ章 テレビ時代
声優の歴史 第三章 声優事務所と養成機関の拡大
声優の歴史 第四章 声優ブームの到来
声優の解説書 その② 声優は日本だけの特殊な職業
声優の解説書 その③ 声優のお仕事
声優の解説書 その④ 声優の労働闘争
声優の解説書 その⑤ 声優の報酬システム
声優の解説書 その⑥
キャスティング事情1 オーディションの募集
キャスティング事情2 オーディション内容
キャスティング事情3 オーディション以外
声優の解説書 その⑦
アフレコ収録1 アフレコとは?
アフレコ収録2 プレスコ
アフレコ収録3 レギュラー番組・別録り