声優の解説書 その④ 声優の労働闘争

声優の解説書

前回は、声優の仕事内容を取り上げましたが、今回は声優の労働闘争について紐解いていきます。

現在これ程までに注目され、憧れの人気職業となっている声優ですが、かつては、不当に低い報酬を強いられていたり、賃上げ交渉のためにデモを起こしたりしていたことをご存知でしょうか?

当時の様子を知る手がかりとして、文藝春秋「オール讀物」1988(昭和63)年9月号に掲載された「磯野波平ただいま年収164万円」と題された記事があります。
これは、『サザエさん』の磯野波平役の初代声優として知られる永井一郎によって書かれた、声優の年収がいかに低いかを打ち明けたもので、記事によると、『サザエさん』の出演料は1本4万3200円、年間52本で224万6400円。年7回の予告編への出演が3万240円(出演料の10%)で、合計が227万6640円とのこと。
ここから所属事務所の手数料20%、さらに源泉税10%を引いて163万9181円、という計算で、表題の年収(手取り)164万円となるわけです。
永井一郎は『サザエさん』以外の作品にも出演しているので、上記の金額が総年収というわけではないのでしょうが、一つの指標として、国民的アニメのレギュラー声優の出演料がこの程度であれば、それ以外の声優の出演料はさらに低額であろうことは推して知るべしとの内容となっています。

参考までに、国税庁の民間給与実態統計調査によると、上記の記事が掲載された1988年の平均給与額(年収)は、384万7000円(税込)とのことなので、当時の声優の家計が、いかに厳しいものだったかがよく判ろうというものです。

永井一郎をはじめとする当時の声優たちは、このような声優の経済状況を打開すべく、待遇改善のために雇用側との闘争と交渉を繰り返していました。

1973年7月28日、東京・六本木の三河台公園に集結した声優200人によって芸能史上初となるデモ行進が行われ、同年8月8日には24時間ストライキを決行。これにより出演料3.14倍を獲得
1978年、海外映画への吹き替え出演の再放送料を獲得
1980年のデモ行進と時限ストライキによって、翌1981年にアニメの再放送料を獲得
1986年、声優の出演作品における二次使用料に関する獲得運動が展開され、現行の「ランク制」の骨組みが確立
1991年3月12日、東京・八丁堀の勤労福祉会館での決起集会を皮切りに、800人によるデモ行進、日航ホテルでの記者会見が行われ、同年7月17日、日本俳優連合、日本音声製作者連盟、日本芸能マネージメント事業者協会の三者が、現行の「ランク制」の合意書へ調印

こうした闘争と交渉の結果、立場の弱さから低額での出演を請け負わされないようにするための「ランク制」と呼ばれる制度が定められ、この制度によって声優の出演料が決定される仕組みが整えられました。
次回はこの「ランク制」について取り上げます。


※永井一郎(1931~2014年)
日本声優界の重鎮の一人で、『サザエさん』の磯野波平(初代)をはじめ、『ゲゲゲの鬼太郎(第2~3作)』の子泣き爺、『宇宙戦艦ヤマト』の佐渡酒造、『機動戦士ガンダム』のデギン・ザビ、『未来少年コナン』ダイス船長、『うる星やつら』の錯乱坊(チェリー)、『風の谷のナウシカ』のミト、『ドラゴンボール』のカリン様、『YAWARA!』の猪熊滋悟郎、『らんま1/2』の八宝斎など、数々の作品で有名キャラクターを演じました。


声優の解説書 その①
声優の歴史 第一章 ラジオ時代
声優の歴史 第ニ章 テレビ時代
声優の歴史 第三章 声優事務所と養成機関の拡大
声優の歴史 第四章 声優ブームの到来

声優の解説書 その② 声優は日本だけの特殊な職業
声優の解説書 その③ 声優のお仕事
声優の解説書 その④ 声優の労働闘争
声優の解説書 その⑤ 声優の報酬システム

声優の解説書 その⑥
キャスティング事情1 オーディションの募集
キャスティング事情2 オーディション内容
キャスティング事情3 オーディション以外