声優の解説書 その⑤ 声優の報酬システム

声優の解説書

前回取り上げた草創期の声優たちの労働闘争の結果、俳優の協同組合である日本俳優連合に加入している声優が、立場の弱さから低額での出演を請け負わされないようにするための「ランク制」と呼ばれる制度が定められました。
これは、声優たちの報酬額を決定するためのシステムで、日本だけに存在する特殊な制度です。

「ランク制」では、下記の3要素によって声優の出演料が算出されます。

 1. 基本ランク
 2. 作品の放送時間(時間割増率)
 3. 初期目的利用料率

基本ランク」とは、声優の技量やキャリア、人気などによって決定される声優の等級です。各自の申告によって毎年4月1日に更新され、日本俳優連合の会員以外には非公開となっています。
新人はデビューから3年間はアニメ1本につき15,000円のジュニアランクと決まっており、最上位は1本45,000円のAランク、さらにその上に、報酬額に上限がなく、出演ごとに金額交渉が可能なノーランク(ランク外)があります。
ランクは自己申告制となっており、原則的に上げることはできても下げることはできないルールになっているため、技量に見合わない上げ方をすると仕事がもらえなくなるリスクもあることから、通常は事務所と相談の上で慎重にランクアップが決められます。

作品の放送時間(時間割増率)」とは、テレビの放送枠や、映画の上映時間のことで、30分枠を基準(1倍)として、60分枠では1.5倍、120分枠では2.3倍、180分枠では3倍といったように、出演作品の時間に合わせた割増率が定められています。

初期目的利用料率」とは、テレビ放送や劇場公開などの利用目的別に利用率を定めたもので、テレビ放送の場合は80%、劇場公開の場合は150%となっています。

さらに、再放送やビデオソフト化、航空会社による機内鑑賞などの転用に関してもそれぞれ転用料率が定められており、目的利用料率に加算される仕組みとなっています。

以上のことを踏まえて、新人声優が30分枠のアニメに出演した際の出演料を試算してみると、

基本ランク ✕ 作品の放送時間(時間割増率) ✕ 初期目的利用料率 = 出演料
ジュニアランク15,000円 ✕ 1.0 ✕ 180%(100%+初期目的利用料率80%) = 27,000円

となり、事務所所属の場合は、ここからマネージメント料(20%程度)、消費税、源泉徴収などが引かれるので、手取りは約16,000円といったところでしょうか。

ここまでの説明を読んでいただいた読者の方の中には、声優の報酬が、自己申告のランクと、作品本数、その放送・上映時間、作品用途のみによって決定されるこの「ランク制」に、役の内容に関する項目がないことに疑問を感じる方もいるでしょう。
そうなのです。この「ランク制」の規定には、セリフ量や配役の質、配役数を考慮する項目は設けられていないため、セリフ量が多かろうが少なかろうが、主役だろうが端役だろうが、そういうものが報酬額に反映されない仕組みになっているのです。
極端に言えば、ランクが同じ声優であれば、重要な長台詞の役であっても、「はい」の一言のみの役であっても作品1本分(1話分)の出演料は同じであり、主役に抜擢された新人声優よりも、1カットしか登場しない脇役を担当するベテラン声優の出演料の方が高くなるケースもよく見られます。

また、出演声優は新人やベテランに関係なく、「ガヤ」と呼ばれるエキストラ的な声の収録に参加したり、自分の担当役ではない「通行人A」のような端役を急遽頼まれて演じたりすることも往々にしてありますが、こうした場合であっても、演じた役の数に関係なく作品1本における出演料は変わりません。

単純に出演の報酬ということだけを考えると、一見不条理とも思われる「ランク制」のシステムですが、アフレコ現場においては、所属事務所の垣根を越えて、先輩声優が、新人声優に様々なことを教えてあげたり、新人声優が何度もリテイクしているのを文句も言わずに待ってあげていたりといった出演声優間の補助機能が働くなど、見えない部分で、ランク制の上下による役割分担があるので、あながち不条理とは言えない部分があります。
また、新人はセリフ量が多い方が勉強になるので、主役に抜擢して大いに修行をしてもらい、ベテランは少ないセリフ量でも表現力や対応力を見せて、新人声優の手本となるような演技をする、という声優の理想の姿があります。
さらには、一概には言えないものの、新人は若くて体力もあるので、多くの仕事(アルバイトなど声優以外の仕事も含め)がこなせる上、一人暮らしの者も多くて生活費も少なくて済みますが、ベテランは年齢相応の体力しかなく、家庭を持つ者も多いことから、家族を養うために新人より多くの生活費を稼がなくてはいけない、という経済的要因もあります。
以上のような点を考慮すると、この「ランク制」が不条理どころか、実に都合が良く、理に叶ったものであることが理解できるのではないでしょうか。
この「ランク制」が、内情を知らないような第三者や企業の経営者たちなどではなく、現場の声優たち自身によって考え出されたものであることが、声優たちに寄り添った制度であることを何よりも証明しているように思われます。

ただし、これはアニメや外国映画の吹き替えなどを対象とした出演料規定に過ぎません。
ゲームへの出演や、テレビ番組などのナレーション、施設のアナウンスなどの他、当然のことながら、声優本来の仕事ではないアーティスト活動やラジオパーソナリティなどは規定の対象外で、依頼主やその仕事量、重要度などによって報酬額は千差万別となっています。

このように、日本における声優業というのは、日本独自の発展を遂げた極めてユニークな職業であり、その出演料事情もまた、日本独自に生み出された特殊なものとなっているのです。
それは、先人たちが苦労の末に勝ち取り、築き上げてきたものであり、現在の華々しい声優人気や声優業界の発展が、その恩恵の上にあることを知ると、また違った印象で見えてくる気がします。


声優の解説書 その①
声優の歴史 第一章 ラジオ時代
声優の歴史 第ニ章 テレビ時代
声優の歴史 第三章 声優事務所と養成機関の拡大
声優の歴史 第四章 声優ブームの到来

声優の解説書 その② 声優は日本だけの特殊な職業
声優の解説書 その③ 声優のお仕事
声優の解説書 その④ 声優の労働闘争
声優の解説書 その⑤ 声優の報酬システム

声優の解説書 その⑥
キャスティング事情1 オーディションの募集
キャスティング事情2 オーディション内容
キャスティング事情3 オーディション以外

声優の解説書 その⑦
アフレコ収録1 アフレコとは? 
アフレコ収録2 プレスコ
アフレコ収録3 レギュラー番組・別録り