12月17日はアメリカの国民的アニメ『ザ・シンプソンズ』が放送開始した日

1989年12月17日、アメリカのテレビネットワークのひとつであるFOXにて、『ザ・シンプソンズ』のクリスマス・スペシャルがシリーズ第1回作品として初放映されました。

日本人にはあまり知られていませんが、このFOXは、イギリスの名門紙タイムズやアメリカの映画会社20世紀フォックスを買収した※1世界的なメディア・コングロマリット(創始者はオーストリアのメディア王ルパート・マードック)が設立したテレビネットワークです。
現在では、ABC、CBS、NBCの3大ネットワークに並び、「4大ネットワーク」と呼ばれるFOXですが、1986年に設立したばかりの後発企業で、当時は加盟局も100局に満たず、200以上の加盟局を有する3大ネットワークに比べてかなり貧弱なネットワークしか持たない状態でした。

その設立間もないFOX で翌1987年から放送された女性コメディアンが司会を務めるトークショー『トレイシー・ウルマン・ショー』※2で、別々のショートコントの間の場繋ぎに短いアニメを差し挟むことが考案され、制作されたのが、この『ザ・シンプソンズ』でした。
番組プロデューサーからアニメ制作の依頼を受けたのは、アメリカの漫画家マット・グレイニングで、自身の家族をモチーフにして※3典型的な中産階級のアメリカ人家族を設定し、家庭崩壊した一家のお話を考え出します。

実は『ザ・シンプソンズ』の他に『Dr. N!Godatu』というアニメも制作され、当初、番組内ではこの2作品を隔週で交互に放送しましたが、『ザ・シンプソンズ』が非常に好評を得たことから、『Dr. N!Godatu』は6回程で姿を消し、『ザ・シンプソンズ』だけが放送されるようになります。

The Simpsons: Good Night (1987)
Dr. N!Godatu

さらには、番組内のコーナーに留まらず、独立した30分の番組シリーズに昇格することになりました。
その記念すべき第1回が、1989年12月17日に放送された『ザ・シンプソンズ』のクリスマス・スペシャル「シンプソンズが直火でローストを(Simpsons Roasting on an Open Fire)」というわけです。

The Simpsons – Simpsons Roasting on an Open Fire

しかもこの『ザ・シンプソンズ』が放送されていたのは、毎週日曜日の20:30~21:00というプライムタイムです。
当時のアメリカは、1950~60年代に起こった教育に有害だとするアニメ排斥の運動や、大統領暗殺事件の影響でアニメにも厳しい検閲が入るようになったり、それら様々な規制の影響でアメリカのアニメーションが衰退していった時期でした※4
そのため、アニメーションは幼稚で子供向けに過ぎず、多くの視聴者を獲得したいプライムタイムで放送する価値なんかないという見方が主流で、FOXを除く3大ネットワークでは、20年近くもプライムタイムでのアニメ放送がなかった時代背景があったのです。

そんな中で、大人も楽しめるブラックジョークやパロディなどが満載だった『ザ・シンプソンズ』は、視聴者の支持を得てまたたく間に超人気作品となりました。
『トレイシー・ウルマン・ショー』は1990年に放送を終了しますが、単独番組となった『ザ・シンプソンズ』はそれ以降も放送され続け、現在では、アメリカ史上最長のアニメとして大多数の国民が知る有名作品となっています。

日本の『サザエさん』は、1969年から放送され「最も長く放映されているテレビアニメ番組」のギネス記録も持っているので、『ザ・シンプソンズ』なんかよりも圧倒的にすごいという方もおられるかもしれません。
しかし、放送機関の長さでは圧倒的に劣る『ザ・シンプソンズ』ですが、視聴人口が遥かに異なります。
『ザ・シンプソンズ』は、現在は20か国語に翻訳されて60か国以上で放送されており、全世界で毎週6000万人以上が視聴しているというのですから、日本以外ではほとんど知られていない『サザエさん』とは、知名度の差は歴然です。

以前のコラムでも触れましたが、『ザ・シンプソンズ』でシンプソン家を演じる6人のメイン声優たちは、長年にわたり交代せずに出演し続けており、度重なる賃上げ交渉の結果、2008年以降は年間22話が制作されるエピソードの1話当たり40万ドル(5,368万円)※5の報酬を得ていることが報じられています。
声優たちがこの破格の報酬額を勝ち得たのは、FOX側が条件を受け入れざるを得ない程、『ザ・シンプソンズ』には価値があると判断されていることの、何よりの証拠と言えるでしょう。

日本では1990年代から、WOWOWやFOX系の有料チャンネルの他、一部のローカルテレビ局(関東ではテレビ神奈川とテレビ埼玉)で放送されただけで、キー局で放送されたことがないため、見たことがない人も多くいます(ちなみに、筆者はテレビ神奈川で放送されていた時期に毎週見ていました)。
このため、日本人のほとんどは『サザエさん』は知っていても『ザ・シンプソンズ』は知らず、海外では『ザ・シンプソンズ』は知っていても『サザエさん』は知らないという逆転現象が起こっています。

『ザ・シンプソンズ』の魅力は、何と言ってもブラックユーモアとくだらなさ、そして、お茶の間のちょっとした出来事から世界を巻き込む大事件まで出てくるストーリーの幅広さ、有名作品のパロディからかなり危うい社会問題、宗教問題まで切り込んだりする、何でもありのテーマや表現の自由度の高さにあります。
近年の作品では、日本でも人気の『アドベンチャー・タイム』に近いものがあります。

『ザ・シンプソンズ』オープニング集
『ザ・シンプソンズ』スター・ウォーズ回
『ザ・シンプソンズ』の映画のパロディ ランキングTop10

著名人が本人役でアニメキャラクターとしてゲスト出演するのも『ザ・シンプソンズ』の特徴で、レディ・ガガやジャスティン・ビーバーといったスターから、ギレルモ・デル・トロ監督、スタン・リー、スティーブン・ホーキング博士、マーク・ザッカーバーグなどがゲスト出演しており、本人役ではないものも含めると、2020年時点で少なくとも810人の著名人がゲスト出演を果たしているそうです。

レディ・ガガ登場回
スティーブン・ホーキング博士登場回

現在視聴できる配信サービスはDisney+のみとのことなのですが、もし読者の中で、『ザ・シンプソンズ』を見たことがないという方がおられたら、是非ともご視聴いただきたいところです。

〈了〉


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※1 20世紀フォックスは、2019年にウォルト・ディズニー・カンパニーに買収され、映画やテレビに関わる各事業・資産は、ディズニー傘下に取り込まれることになりました。
日本では、日本テレビ傘下として知られる映像配信サービス事業のHuluの権利もこの時買収されたものです。

※2 『トレイシー・ウルマン・ショー』は、1987~1990年にFOXで放送されたバラエティ番組で、ミュージカルとショートコント(スケッチ)、短編アニメーションで構成されていました。

※3 マット・グレイニングの父は映像作家のホーマーで、母のマーガレットは元教師でした。マットは5人兄弟の3人目で、2人の兄姉と、上の妹のリサ、下の妹のマーガレットがいました。
シンプソン家は、父のホーマー、母のマージ、長男のバート、妹で長女のリサ、その下の妹で赤ん坊のマギーという家族構成となっているのですが、これは自身をバートとして、自分の家族をモチーフにシンプソン家の家族構成を設定したものとなっています。

※4 1966年にウォルト・ディズニーが死去して以降、ディズニーはヒット作を生み出せず、興行的に失敗が続いて弱体化していき、さらにディズニー初期のアニメの中核を担っていた9人の伝説的なアニメーター「ナイン・オールドメン」が次々にディズニーを去っていきます。「ナイン・オールドメン」の最後の一人だったウォルフガング・ライザーマンが1980年に退社すると一気に失速し、1989年の『リトル・マーメイド』までの9年間はディズニーの暗黒時代と言われています。
映画やテレビ番組の製作・配給を行っていたエンタテインメント企業のMGMで『トムとジェリー』などのアニメーションを制作していたウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラの2人は、MGMがアニメーション制作部門を閉鎖すると、1957年にハンナ・バーベラ・プロダクションを設立。独自のリミテッドアニメ方式で『原始家族フリントストーン』、『チキチキマシン猛レース』などのヒット作を次々に生み出しました。
1960~1970年代に様々な規制の影響で、アメリカでは大手アニメーション制作会社のほとんどが姿を消してしまい、残ったのは、弱体化したディズニーと、ハンナ・バーベラだけという状態になっていました。

※5 米ドル/円の為替レートは、2022年6月17日時点で1ドル=134.2円