『ザ・シンプソンズ』が多くの日本人に知られていない件

前回、日付ネタで『ザ・シンプソンズ』を取り上げたので、職場や知り合いに『ザ・シンプソンズ』のことを聞いてみたところ、ほとんどの方が知らないという回答で愕然としました。
聞いた方は同世代から若者まで幅広い層でしたが、その内、画像を見せたら「見たことはある」という回答もちらほら出る中、画像を見ても知らないという方も少なくない有様で、皆共通するところは、アニメ自体は見たことがないという点です。

2000~2002年にかけて、サントリーCCレモンのCMキャラクターとして採用されていたので、見たことがある人もいるとは思いますが、そもそも元ネタを知らないまま、CMでしか見たことがないという方にとっては、よくわからない黄色い肌の謎キャラとして認識されていたのかもしれません。
それも20年以上前の話ですから、若い世代では、それすら見たことがない人も多いはずです。

現在の日本では、『ザ・シンプソンズ』を探してもなかなか出会えない
『ザ・シンプソンズ』の一ファンとして、何とも寂しい事態です。
ちなみに筆者が利用している練馬区や板橋区の図書館で、『ザ・シンプソンズ』関連の本はないかと聞いてみたところ、サイモン・シン著『数学者たちの楽園 ―『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち』という本しかありませんでした。
この本は紹介されるまでもなく既読済みの本だったのですが、中身はバリバリの考察本です。

キャラクターグッズを扱う店を何点か回ってみても取り扱いがなく、本屋も数件回って『ザ・シンプソンズ』関連の本は置いてないかと尋ねてみたものの、どこも1点の取り扱いもないとのこと。
ある本屋では、親切にもネットで探してみてくれるというので、絵本やムック本、イラスト集でも構わないので、何か『ザ・シンプソンズ』関連の本があれば、と伝えましたが、結局、日本で出版されているものが見当たらず、洋書しかご提供できないとの回答が返ってくる始末(上述の「数学者たちの楽園」は副題が表示されなかったものか、気が付かれなかったようです)。
かなりの時間と距離をかけて探すも、筆者の生活圏内では、1点の商品すら見つけることができませんでした。

ネットで調べてみると、Swatchが『ザ・シンプソンズ』のコラボ商品が発売したばかりとのことで、現在スウォッチストア銀座がシンプソンズ仕様に装飾されているとの情報があり、その他、期間限定のショップ情報がちらほらといったところ。
上野のヤマシロヤではまだ常時取り扱っている様子ですが、かつてはかなりの点数を取り扱っていたヴィレッジヴァンガードでは、次第に取り扱いのない店舗も増えてきている様子で、現在扱っている店舗も、その点数が減りつつあるようです(ネットショップでも取り扱いは現時点で在庫1点のみ)。あとは、中古トイを扱う店などでお目にかかれる程度でしょうか。
もちろん公式の専門店などはありません。

本国アメリカでは、現在でも国民的アニメ
本国のアメリカでは、『ザ・シンプソンズ』専門の4Dシアター(The Simpsons in 4D)や、あちこちにキャラクター像があったり、作中に登場する架空のコンビニ「Kwik E Mart」の看板を掲げた店があちこちにあったり、コンセプトレストランなどもあり、『ザ・シンプソンズ』を生み出したFOX本社前には、バートの銅像も設置されていました(現在では某大学内に移設されているとか)。

ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドやユニバーサル・スタジオ・フロリダには、『ザ・シンプソンズ』をテーマにしたエリアやアトラクション(ザ・シンプソンズ・ライド)があります。

さらに、Wikipediaの英語版では、『ザ・シンプソンズ』の各キャラクターや作中の用語、各話ごとのページがあったり、熱心なファンたちにより膨大なページが作られています。

ユニバーサル・スタジオ・フロリダのザ・シンプソンズのエリア

シンプソンズ紹介
ここで遅ればせながら、『ザ・シンプソンズ』の主役であるシンプソン家のキャラクターを紹介しておきます。
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父親のホーマーは、ケチで下品で低俗でスケベな上、欲張りで飽きっぽく、腰抜けなくせに無鉄砲、テレビとビールとドーナツが大好きで、聖人ぶったやつが大嫌いという、偏見や差別にまみれたモラルの低さが目立つ中年男性。
母親のマージは、依存体質で何かにハマると際限がなくなる質であるものの、母親という役割を全うし、個性的過ぎる家族をまとめるために常識人として振舞っている専業主婦。
長男のバートは、『サザエさん』のカツオ的なキャラクターで、悪戯好きで裁判沙汰になることも多く、勉強は苦手なものの悪知恵が働く上、度胸があって兄貴肌を見せることもある10歳の小学生。
長女のリサは、メンサ※1の会員になる程の天才で、菜食主義者で動物愛護者な上、リベラルな発言も多く、学校でも浮いた存在。家族の中でも珍しく高い倫理観を持っているため、下品で倫理観の低いホーマーや兄のバートとよくケンカをしている8歳の小学生。
次女のマギーは、おしゃぶりをくわえた赤ちゃんであるものの、ふとした際に、乳児とは思えぬ驚異的な身体能力や知能を発揮することがある1歳児。
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他にも、シンプソン家の隣人で敬虔なクリスチャンのネッド、ホーマー行きつけのバーの店長のモー、ホーマーは勤める原子力発電所のバーンズ社長、バートが崇敬する子供番組のスターピエロのクリスティーなど、一癖も二癖もある個性的なキャラクター揃いです。

前回も触れましたが、日本では誰もが知る『サザエさん』が海外では無名で、海外では有名な『ザ・シンプソンズ』が、日本では(特に若年層では)ほとんど知られていないという逆転現象があります。

『ザ・シンプソンズ』は英語圏では知らぬ人はいないであろうという程の知名度と人気を誇る作品であるため、探求心に駆られた熱心なファンたちが、登場人物たちのセリフや行動、果ては背景に描かれたものなどからもメッセージ性を読み取り、哲学、心理学、宗教学などあらゆる観点からの様々な考察を加えており、極めて真面目な学術本が数多く出版されています。
そのほとんどは、日本では出版されていませんが、唯一翻訳版が出版されているのが、上述の『数学者たちの楽園 ―『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち』で、日本語で読める貴重な考察本の一冊です。

この本では、番組の脚本家チームのメンバーの中に、物理学や数学、コンピューター科学の博士号を取得している者や、大学や企業の研究所で上位主任研究員クラスの仕事をしていた者もいることを挙げ、『ザ・シンプソンズ』の中には数多くの数学ネタや数学的なお笑いが盛り込まれており、脚本に参加したナード(数学オタク)たちが、番組を数学への愛を表現する手段としていたと語られています。

確かに『ザ・シンプソンズ』は、ホーマーが欲に駆られて悪だくみをして痛い目を見たり、バートが悪戯をするような偏差値の低い話も数多くあるのですが、そうかと思いきや、唐突に哲学的な偏差値高めのテーマを放り込んできたりするので、そのジェットコースター並みの高低差で視聴者は夢中にさせられてしまうのです。

例えば、意地汚いホーマーが、女性のお尻についたお菓子を掴もうとしてセクハラで訴えられたり、体重140㎏を超えると障害者認定を受けて在宅勤務ができると知って暴飲暴食で太って認定を獲得するも、日常生活にすら困る有様になったりしました。
悪戯好きなバートは、メガホンを連結させるとより大きな音が出ることに気づき、ありったけのメガホンを使った大声で街を破壊してしまったり、毎回モーの店にバリエーション豊かなイタズラ電話をかけるのも定番で、日本ではかつてPTAからも目を付けられた『クレヨンしんちゃん』が上品に思えるくらい、この上もなく低俗なものばかりです。

そうした話があるかと思ったら、突然知能が高くなったホーマーが知性と幸せを天秤にかける、小説『アルジャーノンに花束を』をベースにしたエピソード※2や、野球には統計分析による戦術が必要だと考えるリサと、野球は直感や感情でやるものだとするバートが反目する、映画『マネー・ボール』をベースにしたエピソード※3など、なかなか見応えのある内容の話もあります。
ただし、こうしたエピソードは決して真面目な話として描かれるのではなく、表面上はいつも通りの下品なお笑いテイストで軽快に描かれているので、小気味好く見られるものになっているのです。

このような低俗な笑いに思想性を盛り込んでくる作風は、近年人気の高い『アドベンチャータイム』に色濃く受け継がれていると思われますので、『アドベンチャータイム』が好きな方々であれは、きっと『ザ・シンプソンズ』も好きになるはずです。

最近では、ドナルド・トランプが大統領になるなどの悪ふざけ的に描いたものが現実となってしまうケースが多々あることから、『ザ・シンプソンズ』が的中させた預言ネタとして話題になっており、YouTubeなどでもその手の動画をよく見かけるようになりました。

『ザ・シンプソンズ』は、番組を制作する20世紀フォックステレビジョンがウォルト・ディズニー・カンパニーに買収されたため、作品の権利をディズニーグループが所有することになり、作品はDisney+で配信され、関連グッズはディズニーストアで取り扱われるようになっています。
日本では、『ザ・シンプソンズ』を視聴するのは、Disney+かFOXチャンネルの他、映像ソフトを購入もしくはレンタルするかしかありませんが、見たことがないという方は、是非一度ご視聴いただければと思います。

〈了〉


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※1 作中では「スプリングフィールド・メンサ」としており、数多くあるメンサ支部の一つという設定のようです。
通常は国ごとに支部が設けられており、アメリカ・メンサもあるので、シンプソンズ家が住むスプリングフィールドのような地方の町に支部があるのもおかしな話で、その辺の怪しさ抜群な団体で、市長不在の際には町を支配したこともありました。

※2 シーズン12エピソード9「あのクレヨンをもういちど」では、いつもバカで下品なホーマーが、実は、頭の悪さは子供の頃に鼻から詰めたクレヨンが脳に刺さったままなのが原因であることが発覚し、手術でクレヨンを除去して賢くなります。
いつもは話が合わなくてケンカばかりしていたリサはこの事態に喜び、父と一緒に図書館に行くという夢を叶えます。しかし、調子に乗ったホーマーは高い知能をみんなに披露しまくり、挙句の果てには、良かれと思って原子力発電所の安全性に関する調査レポートを原子力規制委員会に提出した結果、同僚の職員全員がクビとなってしまい、恨みを買ったホーマーは、どこに行ってもインテリ野郎と罵られる始末。
悩んだホーマーは、再び鼻からクレヨンを詰めて元のおバカなホーマーに戻る決意をするというお話。

※3 シーズン22エピソード3「マネーバート」では、大学受験に課外活動が重要だと聞いたリサが、コーチが辞めてしまったバートが所属するリトルリーグのコーチを引き受けるのですが、理系オタクの大学生と教授から助言を受け、統計学やスポーツ理論を学んで徹底した管理野球を導入します。
その結果、チームは万年最下位からリーグ第二位まで躍進するのですが、ある試合で、バートはリサの手を出すなという指示を無視し、チームを勝利に導くホームランを打ってしまいます。
バートのホームランは偶然の産物に過ぎず、これを認めれば、これまで積み重ねてきたデータ野球の根幹が揺らぎかねないことから、リサはバートを選抜から外すのですが、バートはリサが野球の楽しさを奪ったと憤慨。
その後もリサのデータ野球のおかげでチームは連勝を重ね、リーグ首位のチームと対戦することになるものの、チームメイトが体調不良で試合に出られなくなり、リサは不本意ながら、バートに再び試合に出てくれるよう頼むことにします。
試合はバートが再びリサの指示とは異なるプレーをして負けてしまうのですが、リサは主義の違いを脇に置いてチームの勝利に協力してくれたバートに感謝して彼を応援し、最後は兄妹の仲直りで幕を閉じます。