昭和・平成アニメのトンデモ事件簿① ヤシガニ事件 前編

アニメの解説書

近年は、SNSの普及で何かおかしなことをするとすぐに炎上騒ぎとなってしまうご時世柄なのか、ネット民が飛びつきそうなトンデモな事件というものは、アニメ業界においてもあまり見かけなくなりました。
しかし、昭和の時代には、どんな事案も業界内や一部の視聴者の間で話される程度に収まり、時間と共に風化してしまうことから、まだどこも粗い風紀が蔓延していて、トンデモな出来事がそこかしこで起こっていました。
今シリーズでは、そうしたトンデモな出来事を、事件簿としてご紹介していきたいと思います。

ヤシガニ事件
昭和の頃からアニメファンだった方々の間では、もはや常識中の常識となっている有名事件です。
1990年代後半、テレビアニメの作品数の急増に制作会社やスタッフの体制が追い付かず、各所で作画崩壊やらずさんな脚本・演出が目立ちはじめていましたが、その最たる事件として語り継がれているのが、1998年にテレビ東京で放送された『ロスト・ユニバース』で起きた不祥事でした。

原作は富士見書房から出版されていた神坂一のライトノベルです。
1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象とまで言われた空前の大ヒットとなり、各社がこれに続けとばかりに、アニメ作品の新たなヒット作を生み出そうと躍起になっていた時期です。
当時は現在の異世界ブームのように、ファンタジーもののライトノベルが隆盛を極め、『ロードス島戦記』をはじめ、『スレイヤーズ』、『セイバーマリオネットJ』、『魔術士オーフェン』、『MAZE★爆熱時空』、『フォーチュンクエスト』などのライトノベルの作品が次々にアニメ化され、一つのジャンルを形成しつつあった時代でもありました。
『スレイヤーズ』でヒットを飛ばした神坂一が同時期に執筆していた『ロスト・ユニバース』が原作とあって、制作側としても次なるヒットへの期待感も大きかったものと想像されます。

作品内容としては、ファンタジーではなくスペースオペラものとなっており、トラブル請負人のケインと、相棒の美少女ミリィが、太古の宇宙船(ロストシップ)ソードブレイカーの人格を持った管制プログラムである美少女キャナルと共に、巨大犯罪組織ナイトメアが暗躍する事件を解決しつつ宇宙を巡る珍道中といったもので、『スレイヤーズ』と同じく、おちゃらけや悪ノリがウリのライトな作風となっています。

キャストも、保志総一朗、柊美冬、林原めぐみ、緑川光、鈴木真仁といった『新世紀エヴァンゲリオン』や『スレイヤーズ』にも出演している大人気の声優たちを取り揃えています。
また、本編の作画内のロストシップシーンなどでCGが使われており、当時としては先進的な試みが行われた意欲作でもありました。

『ロスト・ユニバース』で監督を務めたのは渡部高志。
『スレイヤーズ』シリーズで監督を務めてヒットさせた手腕があり、同原作者でノリの近い作品ですから妥当過ぎるくらいの採用です。
渡部高志監督は『ロスト・ユニバース』の後、『スレイヤーズ』の続編や『灼眼のシャナ』シリーズ、『一騎当千』など数多くのヒット作を手掛け、現在も活躍されています。
制作会社は同じく『スレイヤーズ』シリーズを制作したイージー・フイルムでした。

人気作家のライトノベル原作に、有名監督、大人気声優と売れる要素が揃っているかに見えましたが、内情はかなり厳しいものがあり、低予算に人員不足、逼迫した制作スケジュールの三重苦の中で、アニメ史上に残る著しい作画崩壊を起こしてしまいます。

次回は事件の顛末について解説します。