昭和・平成アニメのトンデモ事件簿② 未完成のまま映画公開『ガンドレス』後編

アニメの解説書

前回は、アニメ史上に汚点を記すことになった劇場版アニメ『ガンドレス』の作品内容や製作体制について触れましたが、今回は事件の顛末について解説していきます。

制作費4億円でアニメ制作を請け負ったアニメ制作会社のサンクチュアリ※1は、これを2億円弱という金額で下請け会社のスタジオジュニオ※2に丸投げし、スタジオジュニオも作画を海外の孫請けスタジオに発注するという制作状況の結果、杜撰な製作管理が破綻してしまい、未完成のままで劇場公開という結果を招いてしまいました。

現在、IT企業などでも問題になっている多重下請けによる中抜き問題は、昭和・平成のアニメ業界でも横行していました。
現在においても、同時進行的に各話を制作しなくてはならないリソースやスケジュール上の理由から、一部の話数を下請けの制作会社に制作発注することはアニメ業界では一般的な制作方法ですが、ここで問題になっているのは丸投げや中抜きで、実制作を行わないにも関わらず、相当な金額を抜いて下請けに制作を丸投げし、上がって来たものを自社で制作したものとして納品するというもので(建前上は制作協力という名目で公表)、極めて悪質な行為です。

かつてこれが横行していた建築業界では、手抜き工事による危険建築が社会問題となって、一括下請けを全面禁止する建築業法が制定されました。
元請けへの制作費は本来必要な経費を計算して妥当な金額が支払われているのですから、そこから相当の金額が抜かれた上で、安い工費しか支払われない下請け会社が、本来想定していたものを計画通りに完成させられないというのは当然のお話です。

IT業界や建築業界ではどうなのかわかりませんが、ことアニメ業界における中抜きは、懐を温めようとか、甘い汁を吸おうといったものではなく、その動機は慢性的な経営危機によることがほとんどだったようで、前作での負債返済や、次作の制作費に充てるために行われていました。
経営が危ういことは業界でもすぐに知れ渡るので、不渡り手形を出されてはたまらないと、フリーのアニメーターや下請け会社が仕事を引き受けてくれなかったりしますから、製作が立ち行かなくなって潰れてしまう会社が少なくありませんでした(現在でもそういう事例があります)。
サンクチュアリ、スタジオジュニオともに経営が厳しかったために、この仕事を受けざるを得ない(あるいは積極的に受けたい)状況にあり、さらに中抜きしたお金はそのまま返済などに充てられたために自社で実制作を担うこともできないので、下請け孫請けに丸投げせざるを得なかったわけです。
現在はわかりませんが、当時の出資企業(製作委員会)は制作会社内部の経営状態までは調査せず、過去の実績だけを見て発注するケースや、コネなどの人間関係上の理由から制作会社が決まるケースが多かったので、往々にしてこのような事態が発生することがあったわけです。

本作品で監督を務めた谷田部勝義によると、脚本の制作段階では触れさせてもらえず、渡された完成脚本は、3時間程の内容で整理もされておらず、絵コンテ作成のために大分手を入れなくてはならなかったそうです。さらに音響演出のスタッフも手を引いてしまったために、谷田部監督自らが音響演出も兼任することになったとのこと。
アニメ監督は現場で作画制作の管理をすることはないので、絵コンテを仕上げた後は、アフレコ収録の方に携わり、制作進行などをコントロールできる立場にはなかっただろうことが想像されます。
後のインタビューでは、「まさかあの状態で公開するとは思ってなかった」とも語っています。

こうして未完成のまま公開されることになった『ガンドレス』の公開劇場では、入口に次のように記された立看板が置かれていました。

[お詫びとお断り]

本日は、ご来場ありがとうございます。
今回上映いたします映画「ガンドレス」は、鋭意制作を進めてまいりましたが、誠に残念ながら不完全な形で公開せざるを得なくなりました。深くお詫び申し上げます。
ご覧いただく方は、複数箇所に不完全なる部分があることを納得の上、ご入場ください。
(ご入場いただいてからの料金の返却はいたしかねます。)
本日ご覧いただいた方には、後日完全版ビデオを送らせていただくことで、お詫びと代えさせていただきます。
なお、有料入場者に限らせていただきますのでご了承ください。

製作:「ガンドレス」製作委員会
配給:東映株式会社

実際に当時の入場客には後日「GUNDRESS~完成版~」のビデオが送られてきたそうで、同封の紙面には、改めてのお詫びと、「制作関係者、関係スタジオ、ポストプロダクションの皆様の新たな尽力によってようやく『ガントレス』が形を成したことをここにご報告いたします。」との記載、さらに、監督によるカッティングで上映時間が約81分(公開時の上映時間は90分)に短縮されたことも記されていました。
ビデオタイトルを「完成版」としながら、文面では敢えて「完成」という言葉ではなく「形を成した」と記しているところに、なにか含むところがあるのだろうなと邪推してしまいます。
ちなみに、ビデオ送付者の人数は、名簿を作成した東映の証言によると7000人程とのことです。
完成版制作には製作委員会負担でさらに1億円ほど費用がかかったようですが、東映が有料入場者にビデオ送付を約束した以上は手を引くことはできず、日活が責任を持って制作させたようです。

未完成のお詫び看板を立てて上映を行ったアニメは、後にも先にもこの作品のみで、現在でも語り草となっています。
こんな作品を公開した後、当事者たちがどうなったかと言うと、出資会社の一つである東映が、幹事会社である日活に対して損害賠償請求を行い、日活はサンクチュアリに、サンクチュアリはスタジオジュニオ※3に対し、同じく損害賠償請求を行いました。スタジオジュニオは活動停止。
サンクチュアリについては会社自体の情報が乏しく、実態も不明ながら、『ガンドレス』以降、全くその名を目にすることがなくなりました。

『ガンドレス』はアニメ史上最も低品質な作画崩壊事例として、最底辺のラインを作った記録的な作品であり、いまだにこれを超える作品は登場していません。
当事者たちにとっては黒歴史かもしれませんが、これ程語れる作品もありませんから、興味を持った方々には是非とも視聴されたいところです。もちろん完成版ではなく、未完成版の方を。


※1 サンクチュアリという会社は、『ガンドレス』の制作の他は、1996~1997年に発売された富野由悠季監督のOVA『バイストン・ウェル物語_ガーゼィの翼』全3巻の制作を担当した以外、現在ネット上で情報を得られない詳細不明な会社となっています。
これまで沈黙を保っている状況から、今後も関係者が名乗りを上げるとは思われず、実態は闇の中のままになるものと思われます。

※2 スタジオジュニオは、東映動画や東京ムービーの他、NHK教育テレビ系のアニメを制作していたアニメ制作会社イメージケイの下請けを主に受けていましたが、1997年の『白鯨伝説』で起きた制作破綻による違約金のためにイメージケイが倒産してしまい、ジュニオもこの影響で経済的な被害を受けていました。

※3 損害賠償請求前後のスタジオジュニオでは、香西隆男社長が責任を自分一人で負う覚悟で、スタッフを次々と独立させていたとのことです。
その後、株式会社に改組し、社名もジュニオ ブレイン トラストと改めた上で、損害賠償請求時に一旦停止していた活動を再開するも、2004年の『雲の学校』の制作を最後にアニメ制作から撤退。
『それいけ!アンパンマン』の永丘昭典監督、『約束のネバーランド』の神戸守監督、『メイドインアビス』の小島正幸監督、『ケロロ軍曹』のキャラクターデザインや『であいもん』などの監督を務めた追崎史敏、『電脳コイル』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の作画監督を務めた井上俊之など、後に数々の作品で活躍する優秀なスタッフたちが在籍していました。