昭和・平成アニメのトンデモ事件簿③ 『鎧伝サムライトルーパー』の二重放映事件

アニメの解説書

1989年に放送されたサンライズ制作のオリジナルテレビアニメ『鎧伝サムライトルーパー』は、人間界を支配せんとする妖邪帝王・阿羅醐率いる妖邪軍団と、甲冑型バトルスーツ「鎧擬亜(よろいギア)」に身を包んで戦う5人の美少年たちを描いた作品です。

番組が放送されたテレビ朝日系列の土曜17:30~18:00枠は、テレビ朝日では1979年の『機動戦士ガンダム』から、名古屋テレビでは1977年の『無敵超人ザンボット3』からサンライズのロボットアニメ枠として、1990年からは勇者シリーズ枠としても知られる、長い間、全国の男の子がテレビに噛り付く時間帯でした。
メインスポンサーとなった玩具メーカーのタカラの狙いとしては、子供向けに玩具を販売して利益を上げることでしたが、意図に反して女性ファンから絶大な支持を集め、今では当たり前になっている主役声優5人によるユニットがライブを行うなど、声優ブームの火付け役ともなりました。
男の子たちや、中高生以上の男性ファンにも人気が高く、玩具もれましたが、圧倒的女子人気のために、後半ではそれを意識して、ブロマイドや生写真(風のイラスト)、普段着や水着姿のポスターなど、まるでジャニーズのアイドルグッズかと思われるようなものまで展開されるようになりました。

そんな『鎧伝サムライトルーパー』ですが、制作局である名古屋テレビのミスにより、1988年9月3日の放送にて、前週に放送した第17話「明かされた鎧伝説」を再度放送してしまうという二重放送事故が起きてしまいます。
それまでも、数秒や数分程度のごく短時間に別の映像が流れてしまうなどの放送事故はありましたが、1話分丸ごと放送を間違えるというのは前代未聞の出来事でした。それがしかも人気アニメ番組とあっては尚更です。
この珍事件は、翌日の読売新聞の朝刊で「人気アニメ、ダブリ放映」と題して報道され、当時番組を視聴していなかった人たちにも広く知れ渡りました。

なぜこんな珍事件が発生してしまったのかを理解するためには、まず当時の編成事情を知らなくてはなりません。
現在でも、ローカル放送の編成では各局の編成事情により、全国ネットとは異なるスケジュールで番組を放送することがありますが、これが事件の発生要因の下地となっています。

近畿広域圏を放送対象とする朝日放送では、編成の都合上、全国ネット(テレビ朝日をはじめとする全国12局)よりも1日早い金曜17:00~17:30に『鎧伝サムライトルーパー』を放送していました。
通常、このように全国ネットとは異なる時間帯で放送する場合、週遅れで放送するのが一般的なのですが、『鎧伝サムライトルーパー』の場合は例外的に1日早く放送されていたため、朝日放送の受信圏内では他地域よりも1日早く番組を見られる特権が与えられていたわけです。
そのため、番組を各放送局へ送出している製作局・発信局の名古屋テレビでは、全国ネットの土曜とは別に、朝日放送のために金曜にも『鎧伝サムライトルーパー』を送出しており、第18話「恐怖の妖邪帝王」も、朝日放送では9月2日に通常通り放送されて問題がありませんでした。

読売新聞の記事によると、マスター(主調整室)から第18話を朝日放送向けに送信所(親局)へ送出し終わった技術部員が、翌日も使うはずの第18話のテープを勘違いして返却棚に戻してしまい、偶然運悪く、3日放送用の準備棚に先週放送済みの第17話のテープが返却されずに残っていたため、勘違いして流してしまったというのが事件のあらましとのことです。

本編の放送がはじまってまもなく、各放送局へと苦情が殺到したそうで、放送開始から約7分後、系列局からの問い合わせで名古屋テレビもミスに気付いたものの時すでに遅く、途中での変更は不可能なため、そのまま放送し、エンディングに「手ちがいにより先週放送した番組を再度、今日放送しました。心からお詫び申し上げます。」というお詫びのテロップが入れられました。
何だかちょっと日本語がおかしく、スタッフの慌てぶりが感じられます。
当日、テレビ朝日と名古屋テレビだけでも300件以上の苦情の電話があったとのことですから、局としても相当混乱したことと思われます。

当時はこういう事故は度々起こっていて、人気アニメだからたまたま話が大きくなってしまったものかと思っていましたが、同新聞記事には、テレビ朝日広報室次長の「一度流した番組をそっくり放送してしまうミスは、いままでに聞いたことがない。誠に申し訳ない」とのコメントが載っており、当時としても相当に珍しい出来事だったようです。

第18話は翌週に放送され、放送開始時に、「先週の鎧伝サムライトルーパーで、放送ずみの作品を、まちがって放送してしまいました。本当にごめんなさい。これからも、どうか、応援してください。」との謝罪画面が表示されたのですが、子供向けだからなのか、「本当にごめんなさい」とか、謝罪表現がかわいらしく、笑いがこみあげて来そうでだいぶエモいです。

無事18話を放送していた朝日放送では、翌週9日に穴埋め番組を放送(別ア二メの再放送)して全国放送と話数を合わせる対応をし、全40話予定だった『鎧伝サムライトルーパー』は、1話少ない全39話に短縮されるなど、一番被害を被ったのは番組を楽しみにしていたファンたちとも言えます。

『鎧伝サムライトルーパー』以降、こうした事件は起きていないのかというと、そんなことはなく、近年でも同じような事例があります。
フジテレビの朝の情報番組『めざましテレビ』内のショートコーナー『紙兎ロペ』では、2019年2月20日の放送で、前日放送された回と同じものを放送してしまい、番組のエンディング時に出演アナウンサーが謝罪するという二重放送事故があり、Twitterでもお祭り騒ぎとなり、「紙兎ロペ」や「めざましテレビ」がトレンド入りしていました。

他にも、2022年1月8日にMBS(毎日放送)が『かぐや様は告らせたい』第2期の再放送で、第2期の第1話ではなく、第1期の第1話を放送してしまうミスがありました。

『鎧伝サムライトルーパー』の頃に比べれば、技術的な面で遥かに進んでいる現在でも、人為的なミスは防げないということなのでしょうが、録画や配信が当たり前のご時勢では、放送時間にテレビの前に陣取るような習慣もなくなったからなのか、最近の風潮では、大事故というよりは、おもしろおかしく語れるネタくらいの軽い扱われ方になっている印象です。

それに比べ、当時の『鎧伝サムライトルーパー』の放送事故のインパクトは強烈でしたから、いまだに放送事故と言えばこの作品の名前が連想的に出てくる世代の方々が多いのではないでしょうか。