昭和・平成アニメのトンデモ事件簿① ヤシガニ事件 後編

アニメの解説書

前回は、「ヤシガニ」事件の舞台となった『ロスト・ユニバース』について説明しましたが、今回は事件そのものの顛末について解説していきます。

当時はどの制作の現場でも、低予算に人員不足、逼迫した制作スケジュールという三重苦は珍しくなく、事件とまでは言えない低品質の作画などはよく見られました。
本作品では、渡部高志監督のこだわりなのか、原作者や出版社との連携が取れていなかったものか、放送が近づいてもキャラやメカ、美術の設定について、監督の決定がなかなか下りなかったことで、元々逼迫していたスケジュールが、さらに危険領域まで陥ってしまったことに端を発し、放送時にはオープニングは未完成のまま放送される事態となっていました。
第1話はなんとか放送できたものの、第2話、第3話と作画の乱れが酷くなっていき、遂に第4話で、アニメ史上に残る伝説的な作画崩壊を起こしてしまいます。

元々制作準備期間が2か月半と極端に短く、第1話はなんとかイージー・フイルムが自社で制作したものの、第2話は自社では間に合わせられないことから、下請けの制作会社リップルフィルムに頼み込んで引き受けてもらいます。
しかしリップルフィルムの方でも急な話で引き取り切れず、韓国の孫請けスタジオに作画を発注します。こうして上がってきた作画は、とても放送に耐えられるものではなく、急遽イージー・フイルムのスタッフが総がかりで修正を行って何とか放送に耐えられる形に仕上げました。
ところが、この修正作業を、上層部(イージー・フイルムかテレビ東京かは不明)では、監督や作画監督がクオリティーを上げるために、スケジュールを無視して不要な修正作業を行ったと解釈され、第3話以降では修正作業をさせないように、監督や作画監督を通さず、下請会社に直接発注してしまいます。

第3話はリップフィルムとは別の下請け会社が制作したものでしたが、上がって来た作画は第2話と同程度。原画修正や撮影や編集の工夫で何とか出来る範囲での修正を行いましたが、この修正作業のために、テレビ局への納品期限を超えてしまいます。
第3話での納品遅れを重要視した上層部は、今度は絶対に修正をさせまいと、第4話では、韓国の孫請けスタジオに原画から仕上げまでの全ての作業工程を行わせ、修正の余地のない完成セルを納品させました。
これにより、日本側で制作した一部のカットを除き、韓国で制作されたものを、ほとんど未修正のまま納品せざるを得ず、「ヤシガニ事件」が発生してしまったわけです。

具体的にどの程度の作画崩壊なのかというと、作画の上手い下手ということではなく(それもあるのですが)、仕上げ作業が完全ではないためにキャラクターに影塗りがなかったり、必要な枚数の動画が足りていないために、動きがカクカクとして出来の悪いパラパラ漫画のようだったり、セリフをしゃべっているキャラクターの口が動いていなかったりといった具合で、素人目にもそのおかしさに目が行くレベルです。
さすがにテレビ東京側からも苦情が出たそうで、第5話からは上層部も作画崩壊の問題を理解し、韓国の孫請けスタジオにスタッフを派遣することを認めたり、第4話のような事態にはならないように下請け会社を変えるなどの策を講じたようで、第5話以降では少しずつ作画レベルが持ち直していきます。

「ヤシガニ事件」は、極端に短い準備期間、監督による設定等の決定の遅れ、納品期限を重視した上層部が監督や作画監督を無視して制作を進めさせたなど、複数要因が重なって起きた悲劇だったわけです。

第4話のサブタイトルである「ヤシガニ屠る」から、このアニメ史上に残る作画崩壊事件は「ヤシガニ事件」と呼ばれるようになり、「ヤシガニ」という単語が作画崩壊の隠語としても用いられるようになりました。

全話制作後、ローカル放送や再放送、ソフト化に支障が出ることから、この第4話に大幅なリテイク制作が行われたため、映像ソフトや配信などでは放送時の第4話を見ることはできません。
ネット上に放送時の映像や修正後との比較動画が上げられているので、これらを見ると、その作画崩壊具合がよくわかります。

今期放送作品で、『異世界おじさん』が新型コロナウイルスの感染がスタッフ内で広がった影響で、制作が立ち行かなくなり、田尾8話以降の放送を延期する事態が起きていますが、これは例外的で、最近では1クール全話一括納品をする体制が多くなっており、ヤシガニ事件などの作画崩壊は起こりにくい状況となっています。
それでも制作会社によっては、古い体制のままだったり、管理が甘い体質などの要因で、作画崩壊や作画ミスなどが起こることも希にありますが、今では逆にレアなもののはずですから、批判などせず、ボケに対してツッコむくらいの気持ちで楽しむ方が良さそうに思われます。