2月10日はトムとジェリーの誕生日

1940年2月10日は、『トムとジェリー』のシリーズ第1作が公開された日です。
トムとジェリーがスクリーンデビューを果たした記念すべき作品は短編作品『上には上がある(原題『Puss Gets The Boot』)※1でした。
現在ではシリーズ第1作という位置づけですが、当時はパイロット版に過ぎず、トムとジェリーの名前も、「ジャスパー」と「ジンクス」という名前が付けられていました。
この作品の公開日である2月10日が、現在の版権元であるワーナー ブラザースによって公式に「トムとジェリーの誕生日」として記念日に制定されたのは、つい最近の2022年のことです。

『上には上がある』

制作したのは、老舗映画スタジオの一つであるメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)で、アニメーターのウィリアム・ハンナと脚本家のジョセフ・バーベラがコンビを組んで生み出したのが、この『トムとジェリー』でした。
この2人のコンビはMGMのアニメーションスタジオを閉鎖して解雇された後、ハンナ・バーベラ・プロダクションを設立し、『原始家族フリントストーン』、『宇宙家族ジェットソン』、『珍犬ハックル』などの作品を生み出し、その多くが日本でも吹き替え版が1960年代に放送されていたので、60代以上の方はハンナ=バーベラという名前に聞き馴染みがあろうかと思われます。
『トムとジェリー』も1964年に日本で初放送されて以降、全国のテレビ局で繰り返し再放送されていたので、40代以上の方々の多くは馴染みのあるキャラクターとなっているはずです。

『トムとジェリー』が制作された当時のアメリカでは、「カートゥーン」と呼ばれたアニメーション分野は、ウォルト・ディズニー・プロダクションとフライシャー・スタジオの2社がしのぎを削る2強時代。
他の映画会社もこの2社に負けまいと「カートゥーン」制作に乗り出し始め、当時のハリウッド最大手スタジオであったMGMもカートゥーン・スタジオを設立して他社からの人材引き抜きを行っていました。
ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラの2人も、この時に引き抜かれた人材の中にいたわけです。

元々アニメーション制作のノウハウがない会社が、他社から引き抜いた人材で立ち上げたスタジオでしたから、MGMカートゥーン・スタジオの設立当初はなかなか良作が生み出せず、失敗が続いていたようです。
そんな中、ハンナとバーベラはコンビを組んで新たな作品企画を会社に提案し、1作のみという条件でなんとか会社の許可を取り付けて制作したのが、この『上には上がある』でした。

作品はヒットしたものの、映画プロデューサーでスタジオ責任者であったフレッド・クインビーは、このネコとネズミによるドタバタ追いかけっこというありふれたモチーフに期待しておらず、約束通りこの1作のみでハンナとバーベラには別の作品を作るよう指示します。
当時のアメリカでは、こうした短編アニメ―ション作品というものは、映画の前座として、予告編やニュース映画※2などと一緒に上映されていたのです。そのため、当時のアメリカでの短編アニメーション作品は、子供だけが見るものではなく、大人も楽しむ映画だったのです。

『上には上がある』はMGM社内では冷遇されていたものの、観客には大好評で、ロングラン上映をする劇場も現れ、作品興行主から続編を望む電話がかかってくる程だったそうです。さらには、テキサス州の大物劇場経営者から「いつになったら続編が見られるのか」との催促の手紙が送られてきたとのことで、MGMでもこれらの声を無下にすることができなくなり、一転してシリーズ化されることになったのだそうです。

シリーズ化にあたり、正式な作品名をつけ、キャラクター名も変更することになり、社内コンペをした結果、ここで初めて「トムとジェリー」という作品名・キャラクター名が決まったわけです。
こうして1940~1958年までに、後に「ハンナ=バーベラ期」と呼ばれるシリーズ全114作品が制作されましたが、テレビの普及に対応できなかったMGMが経営不振に陥ってカートゥーン・スタジオを閉鎖したため、ハンナとバーベラもMGMを離れて独立してしまいます。

ハンナ=バーベラ期「ただいまお昼寝中」
ハンナ=バーベラ期「ごきげんないとこ」

その後、MGMはチェコスロバキアの制作会社と契約して『トムとジェリー』の新作制作を再開します。
この時期(1961~1962年)に制作されたジーン・ダイッチ監督による全13作品は、現在では「ジーン・ダイッチ期」と呼ばれています。
スタッフは、滑らかでしなやかな動きやフルオーケストラ曲による劇伴が特徴の「ハンナ=バーベラ期」の作品をほとんど見たことがない状態で制作した上、予算も厳しく、動きがぎこちなかったり、背景美術が単純化された絵柄で、楽曲も電子音楽が使用されていたりと厳しい制作状況が伺える仕上がりでした。
ところが作品の出来とは裏腹に、商業的には大成功を収め、当時16年間トップに君臨していた『ルーニー・テューンズ』※3を抜いて年間興行収入トップの座に輝きました。

ジーン・ダイッチ期「狩りはこりごり」

1963年になると、ルーニー・テューンズで監督として名高かったチャック・ジョーンズを新たに起用して1963年から1967年まで34本の短編を制作。この時期の作品は「チャック・ジョーンズ期」と呼ばれています。

チャック・ジョーンズ期「トムとジェリーウォーズ」

1965年以降は、「ハンナ=バーベラ期」の作品がテレビ放映されるようになって人気を博したことで、ハンナ・バーベラ・プロダクションの制作で1975年からテレビシリーズ『新トムとジェリー』が放送されました。
当時のアメリカでは、テレビの暴力描写規制が厳しくなった時代であったため、トムとジェリーの喧嘩シーンを描くことができず、一緒に冒険をするようなストーリー変更を余儀なくされますが、作品の生みの親であるハンナとバーベラは、これ以降、死去するまでエグゼクティブ・プロデューサーという立場で全作品に関わり続けることになります。

新トムとジェリー「トムのサーカスの大スター」

『トムとジェリー』は、これまでに短編作品166本、長編映画2本、テレビシリーズ8作品、OVA18作品が制作され、『トムとジェリー』が登場するまではディズニーの独壇場だったアカデミー賞の短編アニメ賞部門において、13回もノミネートされ、その内7回を受賞しています。
しかし1986年を皮切りに、衰退したMGMは複数の会社によって売買されたり、親会社が買収されたりを繰り返した末、現在はかつてのライバル会社だったワーナー・ブラザースが、これらの作品の権利を有しています。

日本では、前述通り、昭和時代に全国の各テレビ局で繰り返し再放送されていたため、非常に高い認知度を持つキャラクターとなっていました※4
ところが1990年代になると、なぜかピタリと再放送されなくなってテレビから姿を消し、長くソフト化もされない状況が続くことになります。
これは、日本での放映・販売権を取得していたトランスグローバル株式会社※5が、1990年に版権を返還したため、それ以降の再放送が行われなくなったからなのだそうです。

それでも、2000~2001年にはテレビ東京で、2021年にはTOKYO MXで『トムとジェリー』が放送され、カートゥーン ネットワークでは『トムとジェリー』が現在も放送されています。
2021年にはクロエ・グレース・モレッツ主演で実写アニメ合成映画『トムとジェリー』が公開されました。
ソフト化についても、日本での著作権保護期間が終了した初期の作品については、非公式の廉価版ソフトが複数のメーカーから発売されています。

日本では近年露出が減っていることから、『トムとジェリー』知らない世代も増えているそうですが、先のコラムでも取り上げた『ONE PIECE』のオマージュにより、再度注目する人も出ているようです。
『ONE PIECE』がルフィ(ニカ)対カイドウ戦で見せたような、物理法則を無視して極端に誇張したコミカルな動きというのは、ディズニーやハンナ=バーベラたち過去の偉大なアニメーターたちが生み出したものですが、近年の日本アニメではあまり見られなくなってしまった表現です。
それには、近年のアニメの作品内容が人間ドラマだったり会話劇などが多くなっているという背景もあるのですが、こうしたアニメ特有のすばらしい表現手法が途絶えてしまうのは、昭和世代の筆者としては何とも寂しい思いがします。
『ONE PIECE』を機会にこうした古典に見られる表現が再注目されて、新しい作品の中に残されていってくれることを期待したいところです。


※1『Puss Gets The Boot』は、公式では『上には上がある』とタイトルが付けられていますが、直訳すると「猫、クビになる」です。「Puss」というのは「Pussy」の略で幼児語の「ネコちゃん」的な意味です。「Cat」と「Puss」の関係は、日本語で言うと「犬」と「ワンちゃん」に該当するわけです。
「Gets The Boot」は「ブーツを手に入れた」ではありません。「Boot」は「靴をはいた足で蹴る」の意味の延長で「追い出す」「解雇する」「クビにする」という意味でも使われ、「get the boot」で「クビになる」、逆に「give the boot」で「クビにする」の意味になります。
この『Puss Gets The Boot』は、猫が主役の童話『Puss in Boots(長靴をはいた猫)』をもじって付けられたものとのことです。

※2 ニュース映画というのは、テレビがまだない時代に現在のニュース番組的な役割を担う存在で、新聞などでは伝えきれない報道映像などが上映されたものです。
第一次世界大戦時に従軍カメラマンによる戦況報告フィルムが上映されるようになると大きな反響を得て活発化し、第二次世界大戦時には国威発揚や戦意高揚のためのプロパガンダ映画として大いに活用されました。
特にアメリカでは、ニュース映画を複数上映する際のフィルム交換時に、穴埋めとして短編のアニメーション映画を上映していました。その作品の一つが『トムとジェリー』だったわけです。

※3 『ルーニー・テューンズ』は、ワーナー・ブラザースが製作するアニメーションシリーズで、バッグス・バニーやダフィー・ダック、トゥイーティーなど、世界的にも有名な数々のキャラクターを生み出した大ヒット作品です。

※4日本リサーチセンターによる「第7回 NRC全国キャラクター調査 日本と海外の有名キャラクター編」によると、トムとジェリーのキャラクター認知度は、第1位のくまのプーさん(95%)、第2位のハローキティ(94%)、第3位のムーミン(92%)に次いで、ミッキー&フレンズと同率の第4位でその認知度は91%と非常に高い結果となっています。
https://www.nrc.co.jp/report/210204.html

※5 トランスグローバル株式会社は、海外作品の輸入・国内配給から、翻訳・字幕・吹替などを行っていた国内最大手の会社でしたが、現在は会社こそ残っているものの、表立った活動は見られません。