手塚治虫の功績について再考してみた件 ⑬ 『鉄腕アトム』放送開始

前回までで、『鉄腕アトム』の放送開始に向け、制作の問題はなんとか解決したものの(スタッフの苛烈なまでの超過労働の問題は残っていましたが)、手塚治虫はスタートさせることを優先させたために、収益性に関しては解決とは言い難い苦渋の判断をしたことを取り上げました。

『鉄腕アトム』の値段が決まると、今度はスポンサー探しです。
広告代理店・萬年社の穴見薫は、当時のテレビアニメは子供向けでしたから、子供向けの商品を取り扱う企業ということで、まずは菓子メーカーの最大手であった森永製菓に売り込みに行きました。
森永製菓では、パイロットフィルムは高評価だったものの、当時の虫プロはマンガ家が立ち上げたばかりの実績のない小さなプロダクションに過ぎませんでしたから、前例のない毎週30分放送のテレビアニメなどを本当に作れるのか不安視して返事を保留します。
そこで次に明治製菓に持って行くと、パイロットフィルムを見た役員会は好感触で、翌日には早くもスポンサーを受けるとの返事をしてきて決定します。

スポンサーが比較的スムーズに決まったのは、パイロットフィルムが好感触だったこともありますが、やはり価格が抑えられていたことは大きかったと思われます。もしも倍の価格で臨んでいたら、スポンサー交渉は難航していたことも考えられるので、破格の低金額で請け負うとした手塚治虫の判断もあながち間違いだとは言い切れないところがあります。

次はテレビ局ですが、ここでもはじめに持って行った日本テレビでは、森永製菓と同様の不安を抱き、決断を保留していました。その間に話を聞きつけたフジテレビが萬年社にアプローチし、放映権を獲得してしまいます
結果的に『鉄腕アトム』は空前の大成功を収めることになったので、森永製菓と日本テレビは、この時英断を下せなかったことをさぞかし後悔したことでしょう。

こうしてスポンサーとテレビ局が決まった『鉄腕アトム』は、1963年1月1日に放送を開始しました。
第1話の視聴率は27.4%と好スタートを切り、その後、第2話は28.8%、第3話は29.6%と上昇していき、第4話で32.7%と視聴率30%超えを果たし、以降30%台を維持する人気番組となりました(1964年8月放送の第84話「イルカ文明」で最高視聴率40.7%を記録)。

当時東映動画のアニメーターだった大塚康生によると、東映動画のスタッフも興味津々でテレビ放送を見ていたそうですが、動きのぎこちなさをはじめ、キャラクターの演技や画面処理などから、東映動画スタッフで技術的に評価する人は1人としておらず、誰もが「あれじゃ誰も見ない」と思ったそうです。
東映動画のみならず、『鉄腕アトム』を紙芝居だと揶揄するアニメーターも数多くいたそうで、同業者からの評判は相当に悪いものだったことが窺えます。
ところが、そのような見方をするのは同業者だけで、視聴率を見てもわかる通り、番組を見ていた子供たちは、それまでの輸入アニメにはないストーリー性のあるテレビアニメに夢中になっていったのでした。


次回に続く。

〈了〉


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フジテレビが『鉄腕アトム』の放映権を獲得した経緯には、東映の企画部長だった白川大介が大きく関わっています。虫プロを訪れた際に『鉄腕アトム』のパイロットフィルムを見せてもらった白川は、これは当たると思い、まだテレビ局が決まっていないと聞くや、1962年に入社したてのフジテレビの新入社員で編成局編成部に所属していた弟の白河文造に電話し、『鉄腕アトム』の放映権を絶対に獲得するようにと言い含めます。
白河文造経由で『鉄腕アトム』のアニメの存在を知ったフジテレビの動きは早く、萬年社を呼びつけて即決するからフィルムを持ってくるようにと詰め寄り、パイロットフィルムを見た上層部は宣言通り即決。
こうしてフジテレビは、国産による1話30分の連続テレビアニメを日本で最初に放送したという名誉と成功を勝ち取りました。


手塚治虫の功績について再考してみた件
① 最近の若者は手塚治虫に馴染みがない
② 赤本から貸本へ、マンガのスタイル変革
③ 手塚治虫は海賊王
④ トキワ荘の功績
⑤ アシスタント制度の確立
⑥ マンガ家への功罪
⑦ アニメを作るためにマンガ家に
⑧ アニメ制作の実現
⑨ 虫プロの創設
⑩ 『鉄腕アトム』という常軌を逸した挑戦
⑪ 非常識アニメ『鉄腕アトム』の実現
⑫ 商品としての『鉄腕アトム』の価格
⑬ 『鉄腕アトム』放送開始
⑭ アトムのビジネス的成功とテレビアニメブーム