手塚治虫の功績を改めて見直してみた件 ③ 手塚治虫は海賊王

手塚治虫作品を語る上で、テーマ性も重要なポイントです。
『ジャングル大帝』は、ジャングルの平和と人間文明との共存の間で葛藤する主人公レオの姿が描かれており、『鉄腕アトム』(1952年連載開始)でも、ロボットと人間の間における差別や人権運動などが描かれていました。
手塚治虫は子供の頃から読書家及び映画マニアで、古今東西の物語や空想小説、外国映画などを見たり、地元の宝塚少女歌劇団を観に行ったりしていたそうで、それらの作品をマンガに取り入れたことが大きかったようです。

ページ数の短さでも解る通り、それまでのマンガの登場キャラクターには背景がありません。
わんぱくそうな少年だとか、動物のキャラクター、お転婆な女の子といった一目でわかるキャラクターが巻き起こす、あるいは巻き込まれる短い起承転結の出来事を描くというのが、概ねの定番スタイルでした。
しかし、手塚治虫のマンガに登場するキャラクターには、生い立ちがあり、内面の心情や信念があり、時に思い悩み、葛藤の中から決断し、行動に移す、そしてその行動がストーリーとなって、物語を形成するという構造になっています。
現在ではこの当たり前のことが、当時は当たり前ではなかったのです。

少女マンガに恋愛要素を取り入れたのは手塚治虫
手塚治虫は、文学や映像作品など多岐にわたる芸術作品の良いところをマンガに取り入れて成功させ、それまでのマンガが描いてこなかった、生と死、差別、戦争、人間性といったテーマを扱うことで、マンガでもこういうものを描けるんだという可能性を見せつけたわけです。

その中の一つで、意外に知られていないのは、恋愛です。
当時は見合い結婚が一般的で、自由恋愛による結婚は少数派だったため、大人が読む文学作品ならいざ知らず、子供が読むマンガには恋愛要素はほとんどありませんでした。
少女向けのマンガは勿論ありましたが、ほとんどが男性マンガ家による作品であることも影響しており、女の子たちが胸を躍らせるような淡い恋物語などは描かれなかったのです。
なぜ男性マンガ家が少女向けのマンガを描いていたのかというと、理由は単純で、女性マンガ家は長谷川町子や水谷武子当時のマンガ家のほとんどが男性だったからです。
当時の少女マンガで人気だった倉金章介の『あんみつ姫』も、お転婆な姫様が騒動を巻き超す時代劇コメディであって、恋愛要素は見られません。

そんな中で登場したのが、手塚治虫が1953年(昭和28年)から講談社の少女向け雑誌「少女クラブ」にて連載を開始した『リボンの騎士』です。
ちなみに、同誌には長谷川町子による『サザエさん』のショートストーリー版(5ページ程のストーリーマンガ)も連載されていました(1955年1~12月)。

『リボンの騎士』では、天使チンクのいたずらで男女両方の心を持って生まれてしまったサファイアが、フランツ王子と恋におちる姿が描かれており、明確に恋愛要素がありました。
ただし『リボンの騎士』以降すぐに劇的に恋愛マンガが登場するといったことはありませんでした。
この後、『リボンの騎士』で描かれたような淡い初恋だけではなく、大人の恋愛を描く作品を出したトキワ荘メンバー最年少で唯一の女性マンガ家である水野英子や、女性的な美しい絵柄で人気を博した牧美也子(松本零士夫人)、深い感情表現で人間の内面を描いたわたなべまさこといった女性マンガ家が1960年代に活躍し、さらには、1970年代の竹宮惠子と萩尾望都をはじめとする「24年組」と呼ばれる女性マンガ家たちによって現在の少女マンガの発展の礎を築いたのです。

これは少女マンガというジャンルでのことですが、手塚治虫を起点に、水面の波紋が広がっていくように、SFマンガ、ロボットマンガ、歴史マンガ、宗教マンガ、医療マンガなどいろんなジャンルのマンガが生まれ、その担い手たちがさらに波紋を広げ、時にはその波紋が干渉し合って形を変えつつ、無限に広がっていき、現在のマンガ界に繋がっているのです。

それまで描かれなかった恋愛要素をマンガに取り入れたのも一例に過ぎず、いろんなジャンルやテーマ性、表現方法など多岐にわたって当時のマンガの固定概念を崩し、何をどう描いてもいいんだということを、講釈ではなく、現実のマンガというもので見せつけました。
同時代のマンガ家、さらには後にマンガ家となっていく当時の少年少女たちは、これをマンガに限界はないという手塚治虫からのメッセージだとして受け取り、それを信じてさらにマンガの壁を打ち破り、未開拓領域を開拓していったのです。

『ONE PIECE』では、海賊王ゴール・D・ロジャーが死に際に放った「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる 探せ! この世のすべてをそこに置いてきた」という言葉が、無数の人々を海へと駆り立て、大海賊時代を生み出しました。
この海賊王ゴール・D・ロジャーが手塚治虫であり、多くのマンガ家やマンガ志望の若者たちをマンガの可能性の海に漕ぎ出させ、現在の大マンガ時代を生み出したというわけです。


次回に続く。

〈了〉


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手塚治虫の功績について再考してみた件
① 最近の若者は手塚治虫に馴染みがない
② 赤本から貸本へ、マンガのスタイル変革
③ 手塚治虫は海賊王
④ トキワ荘の功績
⑤ アシスタント制度の確立
⑥ マンガ家への功罪
⑦ アニメを作るためにマンガ家に
⑧ アニメ制作の実現
⑨ 虫プロの創設
⑩ 『鉄腕アトム』という常軌を逸した挑戦
⑪ 非常識アニメ『鉄腕アトム』の実現
⑫ 商品としての『鉄腕アトム』の価格
⑬ 『鉄腕アトム』放送開始
⑭ アトムのビジネス的成功とテレビアニメブーム