4月7日は鉄腕アトムの誕生日

手塚治虫の『鉄腕アトム』の原作マンガでは、アトムが生まれたのは2003年4月7日となっています。
これは、『鉄腕アトム』が月間少年雑誌「少年」に初めて掲載されたのが1952年4月7日で、作中で「半世紀後にアトムが誕生する」との記載があったというのが根拠となっており、現在では公式の設定となっているものです。
連載開始の当時にとっては、半世紀後の未来世界を描いたものだったのですが、現在では未来どころか、すでに22年前の過去となってしまったわけです。

『鉄腕アトム』で描かれたようなロボット社会はやってこない
当時のロボット観は、人間の労働力として使役される機械の延長のイメージでした。
『鉄腕アトム』でも、科学技術の発展で人格を持ったロボットたちが、人間の偏見や差別感情にさらされ、あるいは道具のような扱いを受けており、人間と対等な権利を欲して人権運動(ロボット権運動)をする様子が描かれていたりもします。

ロボットが社会をどう変えていくかということを論じた様々な学者たちも、その多くが、人間の労働力の代替になる方向性での論調でした。
未来社会では、人間は労働をロボットたちにやらせて、自分たちは知的な活動やクリエイティブな活動に勤しむようになるというわけです。

しかしこの未来シナリオは、大きく外れつつあるようです。
人型で人間の代替をさせようというコンセプトで開発されてきたロボットでは、本田技研工業が開発したASIMO(2000年発表)や、ソフトバンクが開発したPepper(2014年発表)などが、多くの方々の記憶に残っていることと思われます。
しかし、この2つも現在は開発・生産されておらず(ASIMO は2018年に開発終了、Pepper は2020年に生産停止)、いまだに民衆の生活の中で人間の代わりになるようなロボットは出現していません。

現在の人型ロボット開発の方向性のメインは、災害地や極限地域、戦場での活動、あるいは介護用などの特定ジャンルでの活用となり、人間の労働を肩代わりして生活を豊かにするためのものではなくなっています。
開発企業も、アメリカや中国がメインで、日本では、ベンチャーや中小企業を除き、大手ではロボット開発に力を注ぐような企業は存在しないというのが現状です※1

マンガに出てくるような万能の人型ロボットは作れない
理由は明白で、人間をと同等の機能を持つ機械を作るのが難しかったことと、コストがかかり過ぎるからです。
昭和時代に夢見られていた、掃除に洗濯、買い物、食事の支度にスケジュール管理や健康管理などを1体で器用にこなすような万能ロボットなどは、現実的ではないことがわかりました。

調理ロボットのようなものもありますが、出来ることは限られており、せいぜい食材のカット、加熱、混ぜ、調味料の追加、盛り付けくらいです。
しかもどんな料理でもできるというものではなく、特定の料理しかできません。
全自動でどんな種類の魚でも捌けるロボットなどは存在しませんし、寿司を作るロボットは寿司以外は作れませんし、炒飯を作るロボットは炒飯以外は作れないといった具合です。
買い物もできないし、食材は人間がセットしてあげないといけなかったり、洗い物もできません。
基本的に1つのことしかできないというのが、現行ロボットの限界というわけです。
このような、ごく限られた特定の調理しかできないロボットが数百万円もするわけですから、一般家庭はもちろんのこと、資産家であってもなかなか購入しないことでしょう。

The Moley robotic kitchen system $335,000(約4,887.6万円)

家庭では難しいとして、仕事の場ではどうでしょう。
陳列棚への商品補充や店内清掃、オフィスのゴミ回収や電球の取り換えなど人間がやっている多くの業務は、ロボットに代替させるにはコストがかかり過ぎます。
ロボットの開発や製造コストを考えると、このまま人間にやってもらった方がはるかに安価なのです。

多くの人が使うようになれば単価が安くなるという人もいるかもしれません。
確かに自動車やテレビ、冷蔵庫、洗濯機、PC、携帯電話などが世に出てきた当初は、一部の裕福な人しか買えない程高価でした。
しかし、これらは共通して人間の能力をはるかに超えた機能を持つものであるという点を忘れてはいけません。
1日に何百キロも移動できたり、遠くから氷を運んで来なくても済むようになったり、毎日3~4時間もかかり切りで洗濯しなくても済むようになるのは、大きな生活の向上に繋がります。
それが、人間と同等、あるいは人間より少し劣るくらいの機能しか持たないロボットでは、そうはいきません。

市場に出てくるのは機能限定の非人型ロボットのみ
当初の人型ロボット開発は、万能性を求めて、人間とほぼ同じ形態・機能を持たせることを目指していました。
それがあまりにも困難であるため、結局何か個別のことをさせるために、それに特化した人間ではない形状を持たせるという方向性に落ち着いたわけです。
円盤型をしたロボット掃除機などが良い例でしょう。

食品加工や工業製品の工場などでは、人間の労働力に代わるロボット開発は進んでいますが、生活や家庭の中でロボットが人間の代わりになるという未来は、この先も当分現実味を持たないでしょう。
工場用の他には、今後のロボットの活用は、店舗用(調理・配膳・決済など)か、横浜にあった動くガンダムなどのようなエンタメ系という方向性に限定されたものになっていくと思われます。
あるいは大学の研究者による開発・研究くらいでしょうか。

伊藤工機 AUTO WOK

人型ロボットではなくAIが台頭
代わりに台頭してきたのは、AIです。
特に近年のAI開発は加速度的に進化しており、人間と対等に会話できるレベルにまで達しています。
AIたちが得意なのは、計算や情報検索、状況分析、推測といったものから、画像・動画生成、文章作成など、クリエイティブなものにまで幅広く、逆に苦手なのは、イレギュラーな対応や理性的ではない行動への対処といったところでしょうか。

銀行や役所などの窓口対応はほぼAIに代替されると推測できますし、店舗の仕入れから経理、業務管理などもAIの方が円滑にできそうです。
広告やデザイン、WEBサイトやSNSの運用なども、社運をかけるような勝負所を除き、日々発生するようなものはAIに任せてしまえるようになるでしょう。
一部については、現在すでにAIに代替されてしまっているものさえある程です。

今後はさらにAIが高度化し、人間心理を学んでいけば、採用や配属、昇進、昇給などの人事、営業戦略や投資、医療診断といった業務もAIに代替されていく可能性があるでしょう。
こうした知的な業務はすべてAIに取って代わられ、人間は、清掃作業とか機械のメンテナンスに荷物の運搬、ルールに従えなかったり、システムに対応できないような難しい客への対応といった業務を今後もし続けることになるでしょう。

これまでの技術や知識の蓄積では生み出せないような画期的なアイデアであったり、突飛な発想のデザイン、全く新たな挑戦的なサービスの開発などのような一部の天才やエリートだけが成し得るものは残るはずです。
しかしこうした極めてクリエイティブな活動以外の、知的な業務や活動はAIが担うようになるので、平凡以下の人間は、あまり知性のいらない単純作業や、クレーム対応のようなあまりやりたくない損な役を担うことになりそうです。

マンガでよく描かれるロボット対人間はありえない
ターミネーター』で描かれたような、AIが人間を滅ぼそうとするシナリオも恐らくないでしょう。
AIは人間を滅ぼすなどという目的のために、全面戦争を起こすような無駄なコストをかけたりはしません。
うまく人間をコントロールして活用することを選択するか、滅ぼすにしても、武力などは使わず、感染症を発生させたり、出生率を低下させるかする方が遥かに低コストで済みます。
マトリックス』では、AIたちは人間を電池として活用していましたが、そちらの方がまだあり得そうに思われます。
『鉄腕アトム』で描かれたような、虐げられるロボットたちが人間並みの扱いを求めて抗議活動をすることもないでしょう。これなどは極めて人間的な行動です。
AIの高度な知能をもってすれば、人間をAIに依存させ、気づかないうちに飼い慣らすことなど造作もないことでしょう。
その結果、犯罪や不正、争いやいがみ合い、イジメなどの諸問題がなくなってストレスがなくなっていくとしたら、多くの人間もそれを望むようになるかもしれません。

AIのアトムが誕生!?
2025年現在、アトムをはじめ、『鉄腕アトム』の作品内で描かれたような人間的なロボットは生まれておらず、今後も当分の間は実現できないであろうと思われます。
そこで、皮肉を込めて、ロボットとしてのアトムが誕生しない世界線での『鉄腕アトム』を、AIに創作してもらうというのはいかがでしょう?

2020年には、AIによる手塚治虫の新作漫画制作プロジェクト「TEZUKA2020」で、ディープラーニングを用い、世界初のAIによって制作されたマンガ『ぱいどん』が発表されました。
これによってすでにAIによるマンガ制作が実証されており、さらにはAI自体も当時よりさらに進化しているので、実現可能なはず。
2025年4月7日に、AIとしてアトムが誕生したとしたら、人間や世界に対してどんな行動を取るのでしょう。
社会の仕組みをより良く変革させるのか、あるいは精神の拠り所として、思想的に人々を導く神的存在となるのか、AIが考える未来シナリオを見てみたいと思うのですが、いかがでしょう。


※ ロボットとAIは異なるものだという見解もありますが、当コラムでは、人間が作り出した人間に代替される存在として、敢えて同列で扱ってお話しました。

※1 「AIBO」(1999年発売開始)を開発・販売していたSONYは、AIBOの成功を得て人型ロボット「QRIO」の開発を進めていましたが、経営悪化のために2004年にロボット事業から撤退。2006年に生産終了。2016年に再参入して翌2017年から後継機となる「aibo」を発売しています。
川崎重工業が、2015年から開発を開始して2017年に発表した人型ロボット「Kaleido」は、現在も開発が続けられており、2023年12月に開催された「2023国際ロボット展」では8代目の「Kaleido」が披露されました(未発売)。