電子図書館の普及について調査してみた件③ アニメが図書館で提供される未来は来るのか?

前回はマンガの図書館での取り扱いについて解説しましたが、今回はマンガ以外にも目を向けてみたいと思います。

電子書籍だけじゃなく音楽配信サービスもある
あまり知られていませんが、実は公共図書館で提供されている電子コンテンツは書籍だけではありません。
オーディオブックのような朗読音声も古くから提供されており、さらには、ナクソス・ミュージック・ライブラリーというクラシック音楽などの楽曲もネットで聴くことができるサービスもあるのです。

ナクソス・ミュージック・ライブラリーというのは、香港で設立されたクラシック音楽系のレコードレーベル「ナクソス」が提供しているクラッシック音楽配信サービスです。
ナクソスは、「クラシック音楽の百科事典を目指す」ことをコンセプトの一つとして掲げており、古楽から近現代の作曲家の全集、SP録音時代の復刻、日本人作曲家撰、アメリカン・クラシックスなどのプロジェクトを展開。
クラシックのコンテンツ数は世界一を誇る世界的なインターネット図書館となっています。

日本でも、2週間有効のアカウントを発行してもらってナクソス・ミュージック・ライブラリーを利用できるサービスを提供している公共図書館があります。
東京都立図書館では、板橋区、江東区、品川区、杉並区、千代田区、青梅市、立川市、多摩市、八王子市、日野市、府中市、三鷹市、武蔵野市のみ。

電子書籍・音楽配信の先には…
紙の新聞がなくなる日もささやかれるようになり、雑誌の休刊も相次ぐ中、いずれは電子書籍が紙の本の発行部数を超える日もやって来ることが予想されます。
それが何年後あるいは何十年後になるのかはわかりませんが、さらに未来には、紙の本は高価な貴重品となり、一部のお金持ちやコレクターが楽しむようなものに変わっていくことでしょう。
これは決して夢物語ではなく、かつては1枚数百円から1,000円程度で買えて庶民の娯楽だった浮世絵なども、需要や担い手が減ると貴重品になって、古い物は骨董品として高額で取引され、新作も1枚数万円もする高価な商品になってしまっていることからも、紙の本も同じ未来が想像されます。

日本の新聞がなくなる日…「この20年で2000万部激減」もう止められない深刻事態(講談社・現代新書)

2002年に公開された映画『タイムマシン』では、紙の本が飾り物になり、AI職員が電子書籍や音楽を紹介する2030年のニューヨーク公共図書館が描かれていました。
これは、2002年当時ではやや荒唐無稽にも思われたものでしたが、Siri やChatGPT、電子書籍や音楽・映像のサブスクなどが珍しくもない現在では、かなり現実味があるものに見えます。

未来の図書館ではアニメが見られるかもしれない
現在は、音楽や映像が、CD やDVD、Blu-rayなどのソフトではなく、ネット配信に移行しつつある時代です。
公共図書館で音楽や映像の配信があってもおかしくはありません。
音楽の方はナクソス・ミュージック・ライブラリーがそれを実現しており、映像に関しても、すでに公共図書館で映像配信が行われているのです。
アメリカでは、公共図書館向けに提供しているKanopy(カノピー)※1という映像配信サービスがあります。
現在はまだライセンス料金の問題などでビジネスモデルが確立するには至っていないようですが、いずれはそれも解決されていくことでしょう。

実は日本には、ラジオ放送、テレビ放送開始以来、現在に至るまでの番組やCMが、デジタルデータ化されて保存され、一般利用者がそれらの資料を施設内で無料視聴できる放送ライブラリー※2という施設があります。
ただしこちらはアーカイブが目的で、視聴公開は副次的なサービスに過ぎません。

したがって、図書館の未来予想図的には、書籍は紙から電子書籍がメインになり、書籍のみならず、音楽や映像も図書館で普通に扱われるようになっていくことが必然ということになるでしょう。

そこには当然、アニメも入ってくるわけです。
実写映画はもちろんのこと、アニメ作品も権利関係がややこしいので、なかなかに困難な道となることが想像されます。
ただし、数年後には著作権の切れてくる黎明期のアニメが出始めるので、その頃になると、図書館での公開という話が持ち上がってくるかもしれません。

日本の法律では、企業が製作したアニメや映画などの著作権保護期間は、公表後70年とのことなので、1963年に放送を開始した『鉄腕アトム』は、2033年末で切れる計算となります。
もちろん、『鉄腕アトム』は1966年末まで193話が放送されているので、その全ての著作権保護期間が一律で2033年末で切れるわけではないでしょう。
キャラクターの商標登録などもあるので、何もかもが自由に利用できるわけではないものの、少なくとも図書館で、非営利目的の無料視聴を提供する分には大きな問題にはならないのではないかとも考えられます。

課題の一つは、誰が動くのかということ
課題としては、日本のアニメ業界は各企業がそれぞれ自社の経済的な動機でものごとを動かしているので、アニメ業界全体の方向性を決めたり、特定の活動を推進するような権限や能力があるような組織や機構がありません。
日本動画協会などの協会はあるものの、調査や情報発信が活動の主体であって、そのような機能はありません。

したがって、図書館でアニメを貸し出すためには、権利関係の取りまとめや、権利を持つ企業との交渉をするような作業を進んでやってくれる団体・企業が必要なわけです。
図書館での配信は非営利ですから、当然ネット配信に販売した方が高く売れるとあって、権利を持つ企業としては、経済面だけ見れば、敢えてそちらに許諾を与えるメリットは低いでしょう。
そこをいかに、アニメ業界の未来を見据えた投資だと言って説得できるかどうかは、営業の力量次第かもしれません。

まずは、ネット配信業者もあまり買いたがらないような、虫プロ黎明期の習作アニメだとか、テレビアニメ初期に放送していた「おとぎマンガカレンダー」(1962~1964年)などのショートアニメやアート文化的なアニメなどから攻めてみると良いかもしれません。
そうして図書館でアニメを取り扱うという実績を作った上で、本丸の昭和の人気アニメなどを攻めていくのです。

課題のもう一つは、図書館の予算不足
実際には、現存する最古の日本のアニメ映画は1917年のものなので、とっくに著作権は切れているのに、そのような動きは兆しすらありません。
大きな課題は、図書館の予算にもあります。
図書館では毎年限られた予算の中で図書を選定・購入していますが、予算不足を嘆いている図書館は多いはずです。
電子図書館の導入もままならない中で、アニメにまで目が向くとはとても考えられません。

そのことから、実際に動きが出てくるとすれば、電子図書館が当たり前となり、紙の図書館の必要性が低くなったタイミングで、建物の老朽化などをきっかけに統合や集約で館数を減らしていき、人件費や館の維持費諸々の予算が浮いた先に、より利用者の満足度向上を目指して音楽やアニメなどもネット配信していくということになるのではないかと思われます。

ただし、誰も動かなければ、何十年後も図書館は書籍だけで歩みを止めているかもしれません。
バンダイナムコとか、KADOKAWA、東映アニメーションのような大手企業が名乗りを上げて、アニメ業界の未来のため、次世代のクリエイター志望者のために、こうした活動に踏み出してくれることを願います。

〈了〉


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※1 Kanopyは、OverDriveが提供しているサービスで、視聴ごとにライセンス料が課金されるペイパービュー方式となっています。
収益の半分は映像作品の制作者や配給会社に支払われる仕組みのため、クリエイターへの恩恵が大きいという側面もありますが、図書館利用者には無料で提供されるサービスなため、当然ながらこの料金を支払うのは図書館です。
図書館の管理者がユーザー分析や予算調整を行うことができるとしているものの、費用のコントロールが困難であることを理由に、導入していたニューヨーク公共図書館、ブルックリン公共図書館、クイーンズ公共図書館が2019年にサービスを中止する事態となっています。

※2 放送ライブラリーは、公益財団法人放送番組センターが運営する施設で、1991年10月に神奈川県横浜市の横浜情報文化センター内にて開館。
2023年には、放送ライブラリーの公開番組の一部を、全国各地の図書館内の利用端末から視聴できる「全国放送番組アーカイブ・ネットワーク」のサービスが開始され、福島県の郡山市中央図書館で第1号となる全国初の「番組アーカイブネット」が開設。
2024年12月現在、郡山市中央図書館(2023年9月1日開設)の他に、札幌市立中央図書館(2024年7月17日開設)、岡山県立図書館(2024年11月8日開設)でサービスが開始されています。