電子図書館の普及について調査してみた件② マンガが電子コミックで提供される?

前回は、電子図書館について東京都内および各都道府県での導入状況を見てみましたが、今回はその続きです。

電子図書館のざっくりとした歴史
前回も触れましたが、普及状況から、電子図書館はここ数年で急に登場してきたものと思っている方も多いかもしれませんが、実は23区で最初に導入されたのは2007年のことで、今から17年も前のことなのです。

さらに遡り、電子図書館の歴史を見てみると…
電子図書の普及が進んでいるアメリカで、最初に電子図書館を導入したのは、オハイオ州クリーブランドの公立図書館で、公共図書館で電子図書館ができたのが2003年。
ユネスコ※1とアメリカ合衆国のアメリカ議会図書館が運営する国際的な電子図書館であるワールド・デジタル・ライブラリーが稼働したのが2009年。
2015年にはすでにアメリカの9割の公共図書館で電子図書館が導入されているとの情報があります(現在は95%以上)。

一方日本では、1997年に青空文庫※2が公開され、国立国会図書館NDLデジタルアーカイブシステムの運用を開始したのが2009年。
2010年に図書館流通センターが電子図書館サービス「TRC-DL」提供開始。
2015年に日本電子図書館サービスが電子図書館サービス「LibrariE」提供開始。
2018年に紀伊國屋書店が電子図書館サービス「KinoDen」提供開始。
コロナ渦による社会状況の要請から、2020年代になって次々に公共図書館で電子図書館サービスが始まっていきましたが、2024年4月の電流協※3による発表では、自治体全体(1788)の電子図書館導入率は まだ30.8%に過ぎません。

ちなみに、今では当たり前になっているiPhoneが登場したのが2007年(日本での発売は2008年)ですから、電子図書館の歴史の方が長いわけです。
ビジネスや生活に密着した電子機器と、経済効果が見込めない公共施設の発展スピードを比較しても仕方がありませんが、電子図書館は決して新しいものではないということがわかるでしょう。

現状の図書館におけるマンガの取り扱いについて
現在の図書館では、マンガについて、各自治体でその取り扱い異なり、統一した共通ルールといったものがありません。

例えば、板橋区では、ジャンプコミックなどの典型的なマンガ本を置いているのは基幹図書館である中央図書館一館のみで、他の図書館ではマンガコーナーがありません。しかもマンガは全て貸出不可で館内閲覧のみ。
中央図書館以外の図書館でも、手塚治虫の傑作集など一部のマンガ本を所蔵していたりもしますが、なぜか本棚には置かず、「閉架」という書庫収蔵で求めがあればそこから取り出して読ませてくれる本となっています。

一方練馬区では、マンガを所蔵してない館はなく(こどもと本のひろば除く)、貸出も可能です。
このように、同じ東京都内ですらルールが共通でない上、地方では金沢市立図書館のようにマンガ自体を受け入れていない図書館※4もあるくらいで、それぞれの自治体や図書館の考え方で運用が異なっている状況なわけです。

しかし共通しているのは、「相互貸借」といって、他区からの本の取り寄せができないことです。
マンガ本は、特にジャンプマンガを代表とする新書判のものは、安価で販売するために「コミック紙」という紙を使用しています。
小説本で使われている上質紙や書籍用紙に比べて安価で、インクが乾きやすく大量印刷に向いている反面、紫外線に弱く劣化しやすいという特徴があります。

つまり、マンガ本は元々防御力が弱く、子供が多く借りる本であるがゆえに、損傷の件数が多く、図書館員の悩みどころとなっているのです。
絵本などは元々幼児・児童向けにある程度の強度を持って作られていますが、マンガ本は手荒い子供たちの扱いに耐えられるようにはできていません。
マナーが悪いのは子供ばかりではありませんので、当然ながら大人だって本を傷つけてしまうことがあります。

実際に図書館員に聞いてみたところ、圧倒的にマンガ本の修理・除籍(廃棄)件数が多いとのことでした。
「相互貸借」というのは、他区から取り寄せて借りた本を、自区の利用者に貸すわけですので、図書館員は非常に気を使っています。
利用者の方々の中には、相互貸借本を返す際に、図書館員によるかなり気合の入ったチェックを受けた方もいるのではないでしょうか。

そんな状況で、防御力の弱いマンガ本を「相互貸借」可能にしてしまったらどうなるでしょう。
借りた図書館が、毎回のように貸してくれた図書館に謝罪しなくてはならず、時には自区の予算で弁償しなくてはいけないかもしれません。

愛蔵版コミックスのような耐久力の高いマンガ本もあるので、マンガ本全体を一括りにして取り扱うのはおかしいと思う人もいるかもしれません。
しかし、形状によって取り扱いを変えるというのは実務上デメリットしかなく、敢えてそのデメリットを取ってまでやろうという程の要望もないのが現状です。

返却本に損傷があった場合、図書館が泣き寝入りするケースが多い
ここまで話を読み、「いやいや、汚した利用者に弁償させればいいだろ」と思った方もいるかもしれません。
ところがそんな甘い世界ではないのです。

図書館員は、貸し出す前に一通りのチェックをしています。ですが、一日に何百・何千冊と貸借される本のすべてのページを目視チェックするなんてことは現実的にはできません。
したがって、元々あったかもしれないという弱みが図書館側にあり、破れや汚れを見つけた際に「こちらのご記憶はありますか?」と尋ねるしかなく、「記憶にない」と突っぱねられれば、それ以上は追求できないのです。
それを知ってか知らずか、頑として認めないで逃げ切る利用者が多くいるとのこと。

「相互貸借」の場合は、借り受けた図書館が1ページずつ確認して、細かい汚れや損傷を記録に残した上で貸し出しており、他区の図書館→自区の図書館→利用者という流れで他者が介在していないので、返却の際に用紙に記載のない大きな汚れがあれば、状況証拠的に明らかに利用者の仕業となるはずです。
ところが、複数ページにわたって液体を派手にこぼしたかのような大きなシミがついていても、「記憶にない」と言い張り逃げ切った強メンタルな利用者も実際にいたそうです。
(当然ながら、自ら申告してちゃんと弁償する利用者もいます)

マンガも電子コミックならば取り扱われるかも
このようなマンガ本のデメリットは、電子コミックにおいては、ほぼ解消されてしまいます。
劣化もない、返却延滞もない、貸出や予約などのカウンター業務も不要、マナーの悪い利用者にストレスを溜める必要もないのですから、これを導入しない手はないでしょう。

マンガは子供の読む低俗な娯楽作品だから図書館で扱うべきではない、などという前時代的な価値観の方がまだいる可能性もありますが、多くの懸命な図書館員であれば、マンガ本の需要は否定できないでしょう。
内容の問題は、低俗な娯楽小説も、低俗な娯楽エッセイなどもあるのだから、マンガに限らない話。
そのための「選書※5」なのだから、マンガだから、という問題ではなく、選択の問題になってくるはずです。

絶版マンガを中心に広告付きの電子コミックで無料提供していたマンガ図書館Zが、2024年11月26日にサービスを停止したばかり。
マンガ図書館Zのように収益性ゼロの絶板マンガで、広告料ではなく、図書館から定額料を徴収して提供するビジネスであれば、権利を持つ企業が乗ってくる可能性はありそうです。
図書館の予算は少ないので、1館あたりで回収できる使用料は高く設定できないでしょう。
しかし、全国の図書館の数は約3,394館(2023年時点)もありますから、契約館数が増えればビジネス的に充分成立できそうに思われます。

現状でもすでに、香川県まんのう町のまんのう町電子図書館では、『ブラックジャックによろしく』が提供されており、各図書館向けに提供されている⼿塚治⾍マンガ電⼦図書館というサービスもあります。
このことからも、まったく絵空事ではなく、いずれは昭和時代の古いマンガなどが、全国各自治体の電子図書館で普通に借りて読める時代が来ることでしょう。

次回に続く。

〈了〉


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※1 ユネスコとは国際連合教育科学文化機関。国際連合の経済社会理事会の下におかれた、教育、科学、文化の発展と推進などを目的とした国際協定。日本では主に世界遺産の登録機関として知られています。

※2 青空文庫は、編集者の富田倫生らの呼びかけで発足し、著作権が消滅した作品や著者が許諾した作品を、電子書籍で公開し無料で提供しているサイト(電子書籍サービス)です。
ボラティアによって運営されている非営利活動で、資金も寄付金で賄われています。

※3 電流協(一般社団法人電子出版制作・流通協議会)は、2010年7月に発足した、企業会員によって電子出版の普及活動を行う委員会。
幹事会員は大日本印刷株式会社と凸版印刷株式会社の2社。

※4 金沢市立図書館では、一般書籍扱いのコミックやコミックエッセイ、児童書扱いの教育系マンガを除き、ジャンプマンガのようなマンガ誌に連載されているような一般的なマンガは取り扱っていません。

※5 「選書」というのは、図書館員が図書館で購入する本を選ぶ作業です。