アニメの解説書『電脳コイル』⑩ 科学が生み出す妖怪
日本では、平安時代から陰陽師という職業集団があって、明治時代になるまで、病気とか天災とかの原因を、星の巡りや暦、易などを用いて人々に説明してきました。
百鬼夜行などで描かれる妖怪は、そういう世界観の中で生まれる土壌や隙間があってわけで、当時の人々に、同じ世界に住む隣人として扱われてきました。
ところが、明治時代になると、大久保利通を筆頭に政治を担った高官たちが、陰陽師たちと闘って、こうした世界観を迷信だとして一蹴してしまうわけです。
代わりに入って来たのが、西洋文化で、蒸気機関車だったり電信だったりという便利な科学技術たちで、これらが陰陽師にとって代わる形で浸透し、日本はあっという間に科学技術信仰国になってしまいました。
日本人は、セロトニントランスポターS型(不安遺伝子)の保有割合が80%を超える世界で最も不安を感じやすい民族だと言われており、それは災害の多い国土の上で形成されていった性質だと分析されています。その不安をコントロールする役目が、明治期に陰陽師から科学技術に移り変わったわけです。
星の巡りや暦、易などではなく、気象学や地質学、物理学、医学などによって天災や病気の原因が説明されるように変わり、人々はその理屈に納得して不安が解消されるようになりました。
その不安をコントロールする役目を担うはずの科学技術が進んで行った先に、再び人間が理解できない、人間が完全にコントール下におけない世界が生まれ、そこに妖怪が住みつく隙間が生まれました。
人はどこまでいっても不安からは逃れられないようです。
民俗学者の柳田圀男は、日本人が第一に持っている感情は畏怖や恐怖で、それが様々に変化してオバケを生み出したと言っています。
であれば、どんなに科学技術が進歩して、便利な道具を作り出したり、物理の法則を明らかにしたり、人工衛星やマッピングで世の中の隅々までつまびらかにされようとも、人の心の中不安がある限り、妖怪が生まれてくる可能性は消えはしないわけです。
第24話のラストで、イリーガルは、憧れや会いたいといった、誰にも知られずに生まれては消えていく人の感情や気持ちが形になったものではないかとハラケンが語っていました。
『電脳コイル』では、畏怖や恐怖というネガティブな感情だけではなく、憧れや初恋といったポジティブなものも含めた様々な感情が妖怪=電脳生物に成り得るわけですから、古式に乗っ取った伝統の日本の妖怪像を踏襲しつつ、且つ現代的な新たな要素も加わった新妖怪を生み出したとも言えるかもしれません。
磯光雄監督は、インタビューで、『電脳コイル』をSF作品だとは思っていなくて、本来やりたかったのは前半の日常ではなく「はざま交差点」が出てくる後半で、異質なもの、未知のものと人間が遭遇する非日常の瞬間を描きたかったのだと語っています。
そうであるのならば、我々が最も目を注ぎがちな前半は、世界観や電脳世界の設定を認知させるための道具に過ぎず、主題は異界の住人たる電脳生物との遭遇というところにあるわけです。
『電脳コイル』は、科学技術やデジタル要素がふんだんに描かれているので、一見するとSF作品だと捉えがちですが、それは表面的なものに過ぎず、電脳生物を科学時代の新妖怪と解釈するのであれば、現代版『ゲゲゲの鬼太郎』という捉え方もできるのではないでしょうか。
そう考えて見直してみると、また違った味わいを持って作品を楽しむことができるかもしれません。
アニメの解説書
『電脳コイル』① 作品紹介・時代背景
『電脳コイル』② 磯光雄監督
『電脳コイル』③ 説明ゼリフを使わない
『電脳コイル』④ 物語展開
『電脳コイル』⑤ ガジェット・設定
『電脳コイル』⑥ キャラクター
『電脳コイル』⑦ 聖地
『電脳コイル』⑧ 六番目の小夜子
『電脳コイル』⑨ SFとは
『電脳コイル』⑩ 科学が生み出す妖怪