アニメの解説書『電脳コイル』⑤ ガジェット・設定

アニメの解説書

5回目となる今回は、作中に登場するガジェットや設定について解説したいと思います。

『電脳コイル』には、様々な電脳世界のガジェットや細かな設定が出てきてとても魅力的なのですが、ネーミングセンスがどれも抜群です。カッコ良過ぎず、それでいて硬過ぎもせず、ちょうど良い塩梅のところを的確に突いてきます。
プラグラムやWEBに携わったことがある方でしたら、コンピューター系の専門用語を元ネタにしたネーミングの意味が読み取れるので、思わずニヤリとしてしまうことでしょう。
そうしたガジェットや設定をいくつか紹介していきましょう。

メタバグ、キラバグ
「メタ」というのは、「メタデータ」がデータのためのデータ(属性や付属情報)を指すように、その概念自体を対象とする同種の概念を意味するものの他に、「メタモルフォーゼ」のように変化を意味する接頭辞としても使われますから、おそらく後者の意味で、バグが変化したものという意味なのではと思われます。
ヤサコの祖母であるメタばあが営む電脳メガネの駄菓子屋「メガシ屋」で売っている電脳グッズの材料になるもので、電脳空間での見た目は鉱石に近く、希少さや特性によって価値が異なり換金もできるという、宝石のようなものです。
ちなみに電脳空間における通貨単位は「メタ」で1メタ=1円だったりします。
キラバグというのは、メタバグの中でも極めて価値が高いもので、トレーディングカードゲームで言うところのレアカードである「キラカード」が元ネタかと思われます。

メタタグ
メガシ屋で売っている様々な機能を持つ御札です。見た目は陰陽師が使う呪符のような感じですね。
作中では、電脳体に取り込むことで回数限定のビームが放てるようになるものだったり、信号機を無理やり赤から青に変えてしまうような電子機器を操作するものまで多種多様です。
メタバグやキラバグを加工してる作られるもので、メガばあ曰く、メタバグの目を見極めて繋ぎ合わせる職人芸が必要なのだとか。
「メタタグ」というのはWEBサイトで文章や改行などの指示を<br>などのように「<」と「>」で括った「タグ」内に記述していくのですが、このタグが何を表しているのかを記述する属性や付属情報のことを「メタタグ」と言います。このことから、既存のプログラムに情報を書き込んで(上書きして)別動作や追加動作をさせてしまおう、という発想からこのネーミングになっているものと思われます。

電脳虫下し
第2話で、イリーガルに感染したデンスケを直すために、メガばあが作ってくれた分離ワクチンソフトなのですが、ネーミングが抜群ですね。これぞ新旧融合というものでしょうか。

直進くん追跡くん
これらは、第4話のイサコと大黒黒客の決闘シーンで登場したもので、直進くんは電脳ミサイルポッドで、追跡くんの方は同じ電脳ミサイルポッドながら、ホーミングタイプの弾丸を発射するというものです。的確に機能を説明しつつ、且つ子供らしさも加味した素晴らしい商品名となっていますね。
音響効果が本格的なところも、男の子の心をさぞ鷲掴みにしたことと思われ、商品開発者の優秀さが感じられます。

メガビー(メガネビーム)
名前も機能もひねりがない、いわゆるレーザー光線ですね。
元ネタは『ウルトラセブン』のエメリウム光線のようなのですが、その筋の専門家に聞いてみると、セブンは発射ポーズによって4種類のエメリウム光線の出し分けができるとのことで、両手の指を額に当てて放つのは、4種の内でも破壊力が高い反磁力光線なのだそうです。しかも、指をⅤサインにするのは間違いで、指は閉じているのが正しいポーズらしいです。作中では片手Vサインを額に当てることで発射される設定になっていました。

サッチー
正式名称は「サーチマトン」。「マトン」というのは羊肉とは全く無関係で、ギリシア語の「アウトマトン(autòmatos:自らの意志で動くもの)」に由来する「オートマトン(自動機械)」の略称である「マトン」から来ており、「サーチ(探索)」と「マトン」の合成語と、意味も明確でわかりやすいネーミングとなっています。
さらに、郵政局が市民に受け入れやすくするように「サッチー」という愛称を付けて広報しているというのは、いかのも行政がやりそうな感じが出ていて良いですね。
縦割り行政のせいで、郵政局所属のサッチーは、文部局や文化局といった仲の悪い部署の管轄区域(神社、公園、学校、病院など)には入れない設定となっており、屋外用のオンロードドメインとは管理管轄が異なるという理由から、ホームドメインである民家にも入れません。
大黒市には神社がいっぱいあることから、子供たちが逃げ込むの場所は、たいていの場合は神社になるようになっていて、科学とは対極にある存在である神社には入れば安全というあたり、子供でも理屈抜きで感覚的に理解できるように設定されています。
郵政局管轄なので、サッチーの出現時には、魔法陣のように表示された「郵」のマークから出て来るのですが、これが第21話で、法務局の黒いオートマトンが病室の壁から出現した際には、「法」のマークになっていたりと、なんとも芸が細かく、設定の抜け目なさに感心させられます。

その他、『電脳コイル』に出て来る用語は、「大黒黒客(だいこくヘイクー)倶楽部」や「暗号屋」、「4423」など少しスパイスが利いたような魅力的なネーミングに溢れています。
電脳メガネの修理(データ修復)代が「お年玉換算で2年分」という表現が、いかにも小学生的な金額表現で、個人的にはお気に入りです。

あと、「大黒黒客倶楽部」では、リーダーであるダイチことを「おやびん」と呼び、新人のアキラが、ガチャギリから、返事は「「はい」じゃねえ、「へい」だ」と注意されるのですが、このあたりの美学がとても素敵です。
1972年の『ど根性ガエル』頃はよく耳に馴染んだ感覚ですが、1999年の『メダロット』以降はあんまり聞かなくなってしまったなんともノスタルジックな演出です。

次に、作中で重要となるキーワードを挙げたいと思います。

ヌル
電脳空間に存在する謎の電脳生命体で、作中では全身真っ黒な人間のシルエットを持った不気味な存在として描かれていました。
「ヌル(Null)」というのは、ドイツ語で数字の「0(ゼロ)」を意味する単語で、コンピューター関係では、意図的に「何もない」ことを表すのに使われ、「0」は数値がゼロであるという意味を持つのに対し、「ヌル」は何の意味も持ちません。
何かしら意味のあるプログラムからではなく、本来全く意味のない、空白あるいは暗闇であるはずの空虚な場所から黒い姿をした生命体が発生するというところに、よりこの存在の不気味さが強く感じられますね。
作中では、死んだ人の電脳体が自我をもって電脳空間をうろついているという都市伝説があることから、本体を失い、本来は無に返るはずのものが動き出すという意味で「ヌル」と名付けられたとも考えられます。
イサコの電脳医療用の試験空間では、電脳体移送用のヌル・キャリアーと呼ばれる電脳体が用意されていましたが、名前から察するに、本体から分離した電脳体だけでしか他人の意識へは入っていけないために、分離した電脳体を移して試験空間(イサコの意識と繋がった空間)で活動できるようにするための中身のない空の(ヌル)電脳体(キャリアー)が用意されているという設定になっているのだと考えられます。
作中に登場する彷徨うヌルたちは、元々ヌル・キャリアーとして作られたものが、管理を外れて野生化したものとの見方もできそうです。

イマーゴ
手動操作なしに思考だけで操作できる電脳メガネの隠し機能として、イサコが持っていた能力です。
「イマーゴ」というのはラテン語で、英語で言うところのイメージと同じ意味ですね。ユング心理学の用語にもイマーゴがありますが、どちらかというと、単純にイメージと考えた方がしっくりきますね。
この物語にとっては、このイマーゴというのがとても重要なキーワードになっていて、もちろんよくわからなくたって物語自体は充分に楽しめるのだけれども、もう少し深く『電脳コイル』を理解したいなと思った時には避けては通れないものになっています。

作中でオバちゃんが語っているところによると、
元はコイルス社が、原理は全くわからないが、量子回路のある特殊な基盤パターンが微弱な電磁波でも高速通信が可能なアンテナになることを偶然発見。同時に、その回路が人間の意識も受信していることがわかって研究を進め、意識だけでメガネを操作できるイマーゴという機能を開発するも、それは逆に意識を操作することもできてしまう危険なもので、そうこうしているうちにコイル社は倒産。
事業を継承したメガマス社は、原理がわからないながらも、回路を作って再現はできることから、大量生産を決定してしまい、それが現在の電脳メガネや革命的な通信インフラの普及する世の中を作ったとのこと。
メガマス社は、この危険なイマーゴの存在を隠蔽して、電脳メガネから機能を取り除こうとするも、そもそも原理がわからないから成功するはずもなく、代替手段として、イマーゴが機能しないように電脳空間側を改良することで対処することにしたようです。
メガマス社がサッチーを使って、あんなに熱心に、しかも問答無用に古い空間をフォーマットしているのは、隠蔽しているイマーゴの発覚を怖れての所業というわけですね。

猫目宗助は、父の仇としてメガマス社に復讐しようとしていたわけなんだけれども、これにもイマーゴが関わっていて、宗助の父親は、イマーゴを開発して集合的無意識(作中では集合無意識)を電脳空間化したコイルス社の主任技師だったのですが、イマーゴを隠蔽することにしたメガマス社によって、その功績をなかったことにされてしまったわけです。ヤサコの父によると失踪したとのことなので、もしかすると、メガマス社に人知れず葬られたか、身の危険を感じて海外へ逃亡したのかもしれません。母親は病気だということなので、夫の失踪で心労がたたったのでしょうか。

作中では、サッチーが一生懸命お仕事をしているにもかかわらず、何度フォーマットしても「Cドメイン」と呼ばれる謎のドメインが復活してしまっていましたが、このCドメインというのは、電脳メガネから取り除けなかったイマーゴの機能によって、知らず知らずのうちに人間の集合的無意識が電脳空間に送信されていて、それが電脳空間化したものでした。「C」はおそらく「Coil」の「C」ではないかと思われます。

ミチコは、古い電脳空間(Cドメイン)と共に滅びる運命だった自分に、宗助が空間を守るために何が必要なのかを教えてくれたと言っていますから、おそらく、兄弟たち(ヌルたち)を使って集合的無意識を拾い集め、電脳空間を維持させていたのだろうと考えられます。
第19話で、ヌルたちが京子を連れて行ってしまったり、ヤサコたちを追ってきたりしたのも、意識の塊とも言える人間を持っていこうとする、集合的無意識を集めるという目的に沿った行動だったわけです。
第25話冒頭ナレーションでは、ヌル・キャリアーは元々心の欠片を集める探査装置だったと語られていたので、意識集めに必要な機能が初めから備わっていたようです。
そうしてヌルたちによって拾い集められた集合的無意識の中に、個人的な思いや感情などの、人知れず生まれて消えていくような意識が含まれていて、それらがイリーガルになっていったというのが、『電脳コイル』の根幹たる事件の発端であるわけなのです。

宗助の計画は、意識を逆流させることで、電脳メガネを通じて世界中のイマーゴを持つ子供たちを意識不明にして、それをメガマス社の責任にして社会的制裁を受けさせるというものでした。
この時、宗助は「アバズレを利用して」と言っているのですが、「ミチコに勇子をくれてやった」との発言から2人は除外されますし、玉子はイマーゴを持っていないので、消去法でヤサコのことになるのですが、宗助がヤサコのことをアバズレと呼んでいることにびっくりですね。ヤサコに気があるタケルくんが、「もう手伝えない」と思わず車を飛び出して行っちゃうのも無理ありません。

磯光雄監督は、『新世紀エヴァンゲリオン』でのネルフの地下施設の設定の考案者だそうで、「セントラルドグマ」などの名称も彼の命名とのことで、このようなネーミングセンスは、昔から抜群だったようですね。
磯監督はTwitterで自身のプログラミング遍歴をツイートしていますが、いわゆるマイコン少年だったようで、『新世紀エヴァンゲリオン』や『電脳コイル』などの設定の下地がこの辺りにあることが窺われます。


※黒客は中国語でハッカーのこと

※4423
イサコの誕生日が4月4日であることから、イサコの兄さん(23)という意味ではないかというのが、当時のファンの間では有力な説となっていました。 ※第4話では、有償自動修復ダウンロードが50.6%で25,231円だったので、恐らく総額は5万円くらいのようです。