アニメの解説書『電脳コイル』④ 物語展開

アニメの解説書

4回目となる今回は、ようやく『電脳コイル』の物語を追っていきたいと思います。もちろんネタバレありです(要注意)。

どこか昭和感漂う懐かしい風景に、ハイテクである電脳空間というギャップや、次々に登場する電脳ガジェットに目を奪われている間もなく、
第1話のデンスケ救出劇
第2話のサッチーからの逃亡劇
第3話ではイリーガルに感染したデンスケの奪取を狙うモジョ軍団VSメガばあの争奪戦
第4話の教室内での電脳前哨戦、学校を舞台にした電脳戦争
第5話では、イサコが大黒黒客を配下にし、ヘタレかと思われた新キャラのハラケンが意外な一面が発覚
第6話では、ハラケンの正体を探るヤサコとフミエの奮闘とオバちゃんの登場
第7話では、イサコのイリーガル捕獲作戦
と、情報量の多さや面白さが目白押しで、息つく暇もない怒涛の展開。

第8話では、閑話休題とばかりに、夏祭りで浴衣姿の女子たちに顔を赤らめる男子たちや、恋愛要素の匂わせ、ダイチの「一緒に果し合いに行きませんか」の大チョンボと、急展開前の穏やかなお話。

第9話では、イベント感満載の、校内合宿での怪談話・都市伝説のミチコさんに肝試し対決
ウイスキーボンボンや3mの宇宙人、アダムスキー型空飛ぶ円盤、グレイタイプの宇宙人mチュパカブラなどマニア心と郷愁をくすぐるアイテムのオンパレードとなっています。

第10話では、一転してシリアス展開となり、後半の展開の下地となる謎や伏線が提示されます。
この回の神社のシーンは秀逸で、カンナの日記を読むハラケンの涙が日記の上に落ちるのですが、日記は電脳空間に表示される実体のないものなので、涙は日記を通り抜けてしまい、日記の表面のオブジェクトにバグのような滲みを残しただけで、足の上に落ちてしまいます。
このシーンでは、ヤサコもハラケンもセリフがなく、俯瞰したような遠目のカットを繋ぎ、淡々とカンナの声で読み上げられる日記のモノローグのみで、ハラケンのリアクションも落ちる涙のアップを見せただけ。距離を置いて様子を窺うヤサコ目線での遠目のハラケンの姿と啜り泣くようなか細い息遣いのみで終了。悲しいだとか、切ないだとかの一切の説明的なリアクションや表情を見せないで、視聴者に対して「感じろ」と言わんばかりの演出となっています。

第11~13話はイリーガル三部作です。
第11話では、ダイチが捕まえたイリーガルが巨大化して大騒動
第12話では、ヒゲ状の感染性イリーガルのせいで、ヤサコたちが髭面になる事件が発生
しかも『シヴィライゼーション』※のように口の周りの皮膚上でヒゲ状イリーガルが文明を発展させていき、ついにはハルヒゲドン(核戦争)が勃発、さらに星間戦争にまで発展
ヤサコたちがヒゲたちの戦争を止めようと諭すも、争うことの愚かさを問われるブーメランを喰らった末、最後は壮大なオチが待っています。
全裸で家の中を歩くダイチの父親から「家庭とは全裸、全裸とは家庭だ」の名言も飛び出していました。
第13話では、デンパが育てていた首長竜型のイリーガルを救おうとヤサコたちが奮闘
ラストの首長が灯台を仲間と勘違いするシーンは、レイ・ブラッドベリの短編小説『霧笛』を想起させる内容でした。
この三話で、イリーガルという存在が、ただ害をなすだけの悪者ではなく、住む世界や形は違えど、人間と同じように与えられた環境で生きているだけの生物に過ぎないというように、見方を変えるきっかけを作ってくれる話になっています。

第14話では、アキラによる姉フミエたちの観察記録で、前半はこれまでの総集編、後半はハラケンに接触した猫目が「電脳コイル」のキーワードを出して忠告

ここから、毎話少しずつ謎のヒントが開示されていく展開で、前半の伏線の回収から、新たな謎が表出し、波乱の展開に突入していきます。

昨今のテレビアニメは、マンガやライトノベル原作の作品が多く、オリジナル企画が通り難い傾向となっているため、『電脳コイル』のような緻密な設定を作り上げた上で、立ち上げたお話を最後まで描き切って完結させるようなオリジナル作品は非常に少なくなっています。
それだけでも貴重な作品であるのに、どの話数を切り取ってみても外れ回がないというくらい、各話それぞれの話の完成度が高く、各話に仕込まれた後半展開への伏線の張り方や、情報の出し方、作品全体を通したテーマの完結性も高いため、15年経った今でも多くのファンを魅了し続けている作品です。
惜しむらくは、色彩に派手さがなく、ビジュアルが地味なので、知る人ぞ知る的な作品に留まってしまったことでしょうか。アニメ好きの人たちの中でも作品の高評価に比べて、認知度は低いという残念なことになっています。

小難しい理屈抜きで楽しみたい人でも、考察好きで設定や演出意図などを紐解きたい人でも、各人の趣向に合わせて楽しめる奥行きがある作品となっているので、未試聴の方がいれば是非とも視聴していただきたいと思います。


※『シヴィライゼーション』
1991年にPC版がリリースされた人類の歴史文明の発展をモチーフとしたシミュレーションゲーム。