アニメの解説書『電脳コイル』⑧ 六番目の小夜子
『電脳コイル』には、宮村優子(声優の宮村優子とは別人の脚本家)による小説版があり、徳間書店より発売されていますが、こちらは原作ではなく、アニメの企画・原作を元にして独自に執筆された作品です。
第1巻はアニメの放送前である2007年4月に発売され、2010年11月20日までに全13巻が出ていますが、オリジナルストーリーである他、電脳メガネに年齢制限があったりとアニメ版とは異なる部分も多々あり、アニメ本編では採用されなかった企画段階の設定などが出てきたりもします。
宮村優子は『電脳コイル』では第7話「出動!! コイル探偵局」の脚本も担当していますが、この方はドラマの脚本家であって、アニメの脚本を担当したのは、本作品のみになります。
ちなみに、小学館の少女マンガ誌『ちゃお』2007年8月号の別冊付録に久世みずきによるマンガ版も読切で掲載されましたが、こちらもオリジナルストーリーで、描き下ろしの続編を加えた単行本『電脳コイル THE COMICS』が2007年10月に発売されています。
宮村優子が脚本を担当した過去の作品に、『六番目の小夜子』というドラマがあります。
2000年4~6月に毎週土曜18:00から、NHK教育の「ドラマ愛の詩」枠で放送されたもので、学校の「サヨコ」の言い伝えを巡る物語で、キーアイテムとしての「鍵」「扉」や「2人のサヨコ」などが出て来ることから、『電脳コイル』との共通点を指摘する声が放送当初からあり、コイル電脳探偵局の六番が欠員なのは、『六番目の小夜子』のオマージュからだとの噂も出ていました。
磯監督のホームページでは、小説版第1巻の発売開始を伝える2007年4月16日付の記載で、『六番目の小夜子』を見て、きっとこの人ならこの作品の魅力をわかってくれると思い立ち、脚本の相談を持ちかけたのが最初で、悩んでいた脚本上の様々な問題を解決する数多くのきっかけを与えてくれたと語っています。
そうした経緯から、小説版制作の企画が出た際に、磯監督が迷わず宮村優子を指名したとのことです。
この『六番目の小夜子』がどんな話かというと、こんなお話です。
その学校には、何年も前から不思議な「サヨコ」の言い伝えがあり、3年に1度、サヨコと名乗る生徒が選ばれて3つの約束を果たすと、大いなる扉が現れて、3年後にまた新しいサヨコが現れる、というものでした。
その年の春休み、歴代6番目となるサヨコに選ばれた中学2年生の関根秋(演・山田孝之)のもとに3つの約束が書かれた指令所とサヨコの証である鍵が届きます。
その一。サヨコは赤い花を活ける。
そのニ。サヨコはサヨコを演じる。
その三。サヨコはサヨコを指名する。
さらに、達成すべき約束の他に、サヨコはその正体を誰にも知られてはいけないというルールもありました。
秋の幼馴染みの潮田玲(演・鈴木杏)は鍵を見つけ、自分がサヨコをやって何が起こるかを確かめてみたいと、勝手に鍵を持ち出して北校舎の鍵のかかった戸棚に納められているという赤い花を活けるための花瓶を取りに行くのですが、なぜか戸棚の中は空っぽで、正面玄関にはすでに赤い花が活けられていました。
翌日、玲と秋のクラスに女生徒が転校してきますが、その女生徒の名前はなんと津村沙世子(演・栗山千明)。
玲は沙世子を怪しみ、直接対峙して正体を問い質しますが、沙世子は自分が六番目のサヨコで、ここに戻って来たのだと告げます。その後、秋と玲は、過去に交通事故で亡くなった学校の生徒の慰霊碑を見つけますが、そこには、「昭和六十三年 津村沙世子 享年十五」と刻まれており、沙世子が死んだ生徒なのではと疑うが、真相はわかりません。
玲は沙世子を疑いながらも、同じバスケットボール部での活動を通じて心を通わせ始め、2人でサヨコをやるのも悪くないと思い始めるのですが、秋は、沙世子のことを探っていくうちに、交通事故死した沙世子が2番目のサヨコであること、その年は今と同じように2人のサヨコがいて、激しいサヨコの奪い合いの末に事故死したことを知り、危険だと玲に忠告するのでした。
そんな中、校内に「ふたりのサヨコは災いを起こす」というメッセージが貼り出され、3人目のサヨコがいることを暗示するかのような出来事が起こります。玲と沙世子は、正体を隠して暗躍するこの謎の存在に反撃してやろうと、文化祭で上演される演劇『小夜子』の台本を『六番目の小夜子』と改題して作り直し、差し変えてしまう計画を立てる…。
こうして物語はメインイベントとなる文化祭へ突入し、ラストへ向けてさらに謎が謎を呼ぶ展開となっていきます。
・学校に伝わる「サヨコ」の言い伝え
・鍵と扉
・謎めいた転校生
・2人のサヨコ
・過去に交通事故死していた女生徒
・盗撮する弟
・行方不明のペット探しをする探偵事務所
といったように、『電脳コイル』との共通点がかなり多く、これらは『六番目の小夜子』へのオマージュとして意識的に配置されていると考える方が自然なようです。
原作は小説家の恩田陸が第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作となったデビュー作です。
ドラマとは、大枠のプロットだけを共有しながらも、一人の主人公を中心とした話ではなく群像劇であったり、登場人物たちの人物像や関係性にその役割、「サヨコ伝説」のミッションの設定から、ストーリー展開、結末やテーマなども大分異なっており、もはや別モノという印象です。
「サヨコ伝説」がどのように生まれて形成されていったのかなどが丁寧に語られていたり、小説ならではの叙述トリックなども見られ、ドラマを見た人でも、もう一つの『六番目の小夜子』として楽しむことができます。
2022年1月には、乃木坂46の鈴木絢音主演で舞台版も上演されていました。
ドラマ版の主人公である潮田玲は原作には存在しません。
ドラマ化にあたり、脚本を担当した宮村優子が、舞台を高校から中学校に変え、オリジナルキャラを主人公にして原作小説とは異なる展開をさせたのです。
ここで注目したいのは、元々高校3年生の設定だった主人公たちの年齢を下げて中学2年生にしたことです。
年齢を下げることで、幼さを持ちつつも、各人が自身の叶えたい希望や事情を抱えて行動する多感さや、心の危うさが強調されているように感じます。
特に中学2年生ともなれば、小学生の自由な学校生活から、突然制服を着せられた面映ゆさや、環境の変化に翻弄されて受動的に過ごす1年間を終え、2年目の中学校生活で、ようやく自分たちが立たされている場所や、自分を取り巻く周りの風景や環境が客観的に見え出す時期です。
このような自己認識の芽生えや、小学生時代にはなかった社会性に直面させられながらも、大人になることはまだ遠すぎてリアルに感じることが難しく、心が不安定になりがちな時期を選んだことに、脚本の意図を感じます。
高校3年生ともなれば、受験や就職など大人になる準備に直面し過ぎていて、そっちの方が大事ですし、さらに恋愛などの要素が過分に大きくなりがちという面もありますから、学校の言い伝えのような、一見人生にとって取るに足らないようなものに夢中になれるのは、やはり中学2年生の特権ともいえるわけです。
当時10代だった鈴木杏、栗山千明、山田孝之、松本まりか、勝地涼、山崎育三郎といった俳優たちの熱演もドラマの魅力の一つとなっていました。
ここから『電脳コイル』を振り返ってみると、さらに年齢の低い小学6年生という時期を設定したことにも、磯監督の大いなる意図が働いているとみるべきで、「はざま交差点」に象徴されるように、小学6年生は、社会に取り込まれる直前の狭間であり、だからこそ、現実と異空間の狭間に巣食う生命体に魅せられてしまうという構図が感じられるのです。
ネタバレになるので詳細は伏せておきますが、ドラマの最終回での学校シーンなどは、サヨコや扉の描写など、『電脳コイル』のビジュアルのまんまだったり、歴代サヨコの正体の出し方も、コイル電脳探偵局の会員を明かす時と同じやり方で、思わずニヤリとさせられます。
この『六番目の小夜子』はドラマとしても秀逸な作品ですので、『電脳コイル』ファンにはご鑑賞をお勧めします。