トキワ荘と周辺地域を巡ってきた件⑧ トキワ荘通りの取り組みから思う練馬区の今

前回ご紹介したトキワ荘通りお休み処では、職員の方にいろんな話をお伺いすることができました。
中でも、お休み処やトキワ荘マンガステーション昭和レトロ館などの施設や、マンガ家たちのモニュメントなどは、豊島区が推進しているトキワ荘マンガミュージアムを中心にしたマンガによるまちづくり「南長崎マンガランド事業」の一環で、その他の取り組みを含め、豊島区がマンガ活用への取り組みに如何に熱心なのかというお話がとても興味深い内容でした。

先にご紹介した、赤塚不二夫が仕事場兼寝室としてトキワ荘から移り住んだアパートの紫雲荘は、「紫雲荘・活用プロジェクト」の一環で、マンガ家の卵を支援する取り組みに活用されています。
このプロジェクトは、地域住民で構成する「としま南長崎トキワ荘協働プロジェクト協議会」と、アパートのオーナー、豊島区の協働で、2011年6月から始まりました。
「本気でプロのマンガ家を目指す、心身ともに健康な20歳以上の男性単身者」という基本条件で入居者を募集し、協議会が家賃4万円の半額を補助し、紫雲荘で行われる現役マンガ家によるワークショップにも優先参加できるなどの支援が行われるというものです。

お休み処の方によると、豊島区がマンガやアニメに力を入れているのは、2023年2月に亡くなった高野之夫区長が、元は古書店の経営者だったこともあって、マンガなどへの思い入れが強かったからとのことでした。
トキワ荘マンガミュージアムの再建も、高野区長の尽力が大きかったそうです。


者の地元であるお隣の練馬区では、トキワ荘レベルのスポットである虫プロの建物が現存しているのに、すでに廃墟同然で、練馬区ではこれを顧みる話はなく、豊島区が羨ましいとの話をすると、残念ですねと同情されてしまいました。

練馬区では、「アニメ・イチバンのまち 練馬区」のキャッチコピーを掲げ、長らくアニメによるPR活動を推進して来ましたが、近年その動きが変化しています。
としま園跡地に「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 -メイキング・オブ・ハリー・ポッター」がオープンすることを受けて2021年に新たに「映像∞文化のまち構想」を策定し、「映像∞文化のまち」のサイトもオープンしました。

2007年から毎年開催されていた「練馬区アニメカーニバル」は「映像∞文化のまち構想」による見直しを理由に2019年を最後に開催されなくなり、2013年11月から配布し続けて来たPR冊子「アニメ・イチバンのまち 練馬区」も、昨年2022年2月末をもって配布を終了してしまいました。

さらに、今度は81億円以上とも言われる建築費をかけて練馬区立美術館を「本物のアートに出会える美術館」として改築し、周辺地域を含めて「まちと一体となった美術館」として演出していくとのことで、現在練馬区ではその賛否を巡って話題となっています。

2021年11月の練馬区長の所信表明によると、『ハリー・ポッター』のスタジオツアー施設を区の新たな映像文化の拠点と位置付け、映画、アニメ、マンガを一まとめに映像文化資源として活用したまちづくりを進めていくとのことです。
明らかにアニメをワンランク落として映画をその上に位置付けた構想と見られます。
また、「本物のアートに出会える美術館」として改築する練馬区立美術館に併せて、周辺地域を含めて「まちと一体となった美術館」として演出していくとのことです。
ちなみに、前川燿男区長は元東京都職員(知事本局長)です。

練馬区には、東映東京撮影所があるものの、映画館もユナイテッド・シネマとしまえんとT・ジョイSEIBU大泉という2つのシネコンがある他は、個性的な映画を上映しているようなミニシアター系は皆無です。
映画祭のようなものも、どこの地域でもやっているような小規模な映画祭や上映会があるのみで、全国規模で知られるような大きなものはありません。
長年住んでいますが、正直言って練馬に映画の街のイメージはありません。

アートについても、区立美術館が1館あるのみで、有名な美術作品を所蔵しているわけでもなく、有名な美術家が住んでいたりもしないし、練馬区にアートの街のイメージもありません。

練馬区では、アニメ推しは失敗したから、今度は映画で行こうと方向転換を図るつもりのように見えますが、元々地元と何のかかわりもない『ハリー・ポッター』というコンテンツを起爆剤に、映画やアートの街というイメージを練馬区に定着させるのは、生半可なことでは難しいでしょう。

美術館改築工費の81億円のうち、1/10でもいいから、虫プロの保存や改装に回してもらえたらとも思いますが、練馬区では、虫プロはおろか、アニメに関する施策に予算を割く様子はみられません。

トキワ荘再建の際には、総工費10億円のうち、1億円の寄付募集をしたところ、想定を超える4億2000万円超の寄付金が集まったというのですから、虫プロも、練馬区主導でプロジェクトを立ち上げ、寄付金を募れば、再建に比べればはるかに工費が低くて済む改装費くらいは充分集められるはずです。

練馬区民の知人たちに聞いても、虫プロがあったことは聞いたことがあるけど、どこにあるのかすら知らない人がほとんどでした。当然ながら、現在の虫プロがどんな状態になっているかも知らないわけですが、廃墟同然になっていることを教えてあげると、一様にもったいないという声が聞かれます。

トキワ荘の例を見ても、解体後に再建するのは、建物の構造などを特定するだけでも非常に時間と労力がかかります。
練馬区には、まだ虫プロの建物が在るうちに、何とか保存の方向で動き出して欲しいと願うばかりです。