アニメ聖地巡礼の自治体アンケート調査を実施した森裕亮教授へのインタビュー

神籬(Himorogi)でも2回にわたって取り上げたコラム(アニメ聖地巡礼の自治体アンケート調査に関する考察 その①その②その③その④)で紹介しました「アニメ聖地巡礼を活用した地域の魅力づくりと活性化を考えるアンケート調査」を企画・実施した、元・北九州市立大学の森裕亮准教授・博士(現・青山学院大学教授)へインタビューを実施しました。
森さんは、どのような経緯でアニメ聖地に着目し、どのように研究を進めてきたのか?
そして、森さんの考える「アニメ聖地のこれから」とは?

― まずは、森さんの大学時代の研究テーマからお聞かせください。
私は、町内会・コミュニティの活性化にずっと関心があって、それを卒論・修士から博士課程の論文まで一貫して研究してきました。私の実家は、三重県の四日市にあるのですが、ある時、自分に繋がる歴史を家系も含めて調べていたことがあって、曽祖父や更に曽祖父の父の代から、私が住んでいた町の町内会の会長を務めていた事が分かりました。そこから私自身、町内会そのものに興味を持つようになり、卒論のテーマにも選んで、研究をスタートしました。私が卒論を執筆していた98年当時は、NPO法が制定されて、皆NPOに関する研究テーマばかり選んでいたので、私はそれに対抗して「これからは町内会だ!」と逆張りしました。私自身の天邪鬼な性格もあったのかもしれません(笑)。卒論では先行研究の文献を中心にまとめたのですが、修士論文では、京都市内の町内会等に着目して、アンケート調査やフィールドワークを行いました。それ以降、博士課程を含めて長らくの研究を通して分かったことを一言で要約すると、「これまでの発想では地域コミュニティを維持・活性化させるのは難しい」ということ。地域内だけでなく、地域外の人たちとどう結びついていけるかがコミュニティ活性化の鍵であり、これは私自身が追い求める研究テーマになり得る、という結論にいたりました。というのも、10年前くらいから町内会とコミュニティの研究や議論に限界を感じていたんですが、アニメ聖地巡礼が一つの光を照らしてくれたんです。

― そこから、アニメ聖地に着目されるようになった経緯はどのようなものだったのでしょうか?
10代の頃は、『美少女戦士セーラームーン』や『新世紀エヴァンゲリオン』にどハマりしていましたが、2004年に北九州市立大学に就職して、その頃からあまりアニメを見なくなっていました。地域づくりや地域活性化に関心があるものですから、確かに「らき☆すた神輿というものがあり、どこかの地域づくりに貢献したらしい」というような情報は耳にはしていたものの、聞き流す程度でした。それが、2013年度のゼミで、学生の一人が「サブカルをテーマにした研究をしたい」と言い出して、その年のゼミの研究テーマに決めたところから私の中で少しずつ変化が起きていきました。
2013年度のゼミのテーマは、「アニメ・マンガ聖地巡礼を活用した地域づくり」という趣旨の研究内容でした。当時は、アニメ聖地巡礼の分野では、北海道大学教授の山村高淑先生、近畿大学准教授の岡本健先生、そして聖地会議の柿崎俊道さんの本などいくつかの著作しかなかった頃です。先行研究が少なくて大変途方に暮れたことをまだ鮮明に覚えています。
このテーマで研究をスタートした当初、「果たしてアニメを通じて地域が盛り上がるのだろうか?」と正直思っていました。例えば、痛車を地元の人がどう感じるのかとか、どの程度継続性があるものなのだろうか、カンフル剤程度にしかならないのではないか、など色々気掛かりなこともありました。
ところが、このアニメ聖地以外にも、翌2014年度のゼミではローカルアイドルをテーマにしたり、地域づくりにつながりそうなテーマは一通り研究題材として取り扱ってきましたが、それらの研究を踏まえても、アニメ聖地巡礼という現象にはやはり特別な何かがあると今は感じるようになりました。

― その特別に感じておられる要因は後ほどもう少し詳しく伺いたいと思います。まずは、アニメ聖地の研究を進めるにあたって、壁や困った事などはありませんでしたか?
まずは、本当にアニメファンがその聖地に足を運んでいるのかどうかの事実を見える化したい、と考えました。が、その確認するための手段がなかなかなくて、そこが最初の壁でしたね。フィールドワークに行こうにも、九州ですと、今なら佐賀県に『ゾンビランドサガ』という強力なアニメコンテンツがありますが、当時はそのようなご当地アニメは福岡県だけでなく、近隣県にもない状況でしたので、おいそれとフィールドワークにも行けませんでした。そういう難しい状況の中で実態把握をするためには、自治体へのアンケート調査がいいだろうと考え、企画しました。このテーマでの自治体アンケート調査は、当時は珍しかったので、先駆的研究になるという点でも好ましいと考えました。
ちょうどその頃に「舞台探訪アーカイブ」(https://wikiwiki.jp/legwork/)というサイトを知りまして、そこからアンケート調査の調査対象となる自治体の包括的なリストを作る事が出来て、調査の実施が可能となりました。

― その調査結果を御覧になった際に、まずどのような事をお感じになったのでしょうか?
全国の市町村にアンケートを取った前例がほぼほぼなかったので、「やっと実態把握が出来るデータを入手できた!」というのが最初の感想でした。それに、調査の回収率が6割台で、かなりの数の自治体さんに回答をご協力頂いた点にも感謝の気持ちでいっぱいになりましたね。その上で、調査結果の内容について触れていきますと、一番印象的だったのは、アニメ聖地で来訪者は増えてはいるものの、この調査を実施した2014年当時はファンの「聖地移住」はまれだったという事実です。この頃はまだ自治体側も聖地巡礼の実態をほとんど把握できていないことも多く、「聖地巡礼という言葉自体を初めて聞きました」という回答も散見されるくらいの時代でして、その頃にはまだアニメ聖地巡礼を機とした移住者はそれほどではなかったという発見自体がまずもって貴重だな、と感じました。

― その後、2014年に続き、2022年に2回目の調査を実施されました。2022年の調査結果を御覧になった際に、2014年調査時との対比の中で感じられた違いを総括して頂けますでしょうか?
移住者ですね。2014年と比べて、2022年には「聖地移住」現象が増えた点が顕著な違いだなと思っています。あとは、ここでは具体的な作品名は挙げられずに申し訳ないのですが、報告書の方には執筆してあるように、地元の人が敬遠するようなネガティブな内容をテーマにした作品であっても、ファンの熱意や地道な活動によって地元が意識を変えていった事例が確認できました。社会的にもアニメに対する偏見がなくなったという事と、自治体側の担当者の世代交代もあったのかもしれませんが、それを差し引いたとしても、ファンの力で地域のまちづくりの取り組みの突破口を開いた事実を確認出来た時は感動的でした。
また、聖地巡礼を活用した地元の取り組みとしてファン参加の清掃ボランティア活動を実施したという回答が15%ほどありまして、これも相当な数だと個人的には感じています。全ての場所で清掃活動を実施出来ない難しさもあったりするのですが、それでも清掃しましょうという呼びかけにファンの皆さんが集う様子には心が温まります。ファンの動機としても興味深いですし、その地域からするとこれまでとは違う新しい地域コミュニティが出来そうな感じがして、地域活性の視点からもあらためて興味深いと感じています。

―2014年以降、社会も随分変わってきましたしね。アニメやアニメ聖地を取り巻く環境も大きく変わってきたように思います。
そうですね。思い返してみれば、2014年当時というのは『ガールズ&パンツァー』が非常に人気で、大洗に沢山の人が訪れていて、2015年、2016年とどんどん盛り上がっていった頃です。時を同じくして2016年に『君の名は。』や『ラブライブ!サンシャイン!!』などが始まって、そのうちアニメ聖地への移住者が出てきたというニュースも目にするようになりました。地域に対して、一般の観光客以上の関わり方をするアニメファンの方々の行動を大変興味深く注視していくようになりました。私自身も、2017年に「らき☆すた神輿」を見に行ったり、様々な地域のリーダーたちにインタビューをしていく中で、アニメ聖地はファンの方々にとっての居場所なのだという事が次第に分かってきました。その場所に行けば好きな作品とキャラクターを知っている人たちに会うことができる。価値観の共有に近いですね。聖地に行けばリアルな自分でいられる心地良さがそこにあるわけで、「なるほど、居場所か」と腑に落ちるものがありました。私の実体験でもあります。
そのような経緯で、アニメ聖地には積極的に地域に関わろうという気持ちにさせる何かがあるのかもしれない。地域コミュニティの元気がなくなっていく状況下で、アニメ聖地巡礼は一種の起爆剤として、コミュニティを活性化する道を開いてくれているように感じて、私自身、研究対象としての興味が長らく持続する事になりました。町内会など色々と研究テーマには幅広く関心を持っていますが、その中でもアニメ聖地が最も長続きしている一つです。

―現在のアニメ聖地巡礼文化の状況やこれからについて、どのような見解をお持ちでしょうか?
まず今後については、この文化自体は衰えはしないだろうと思っています。
その上で、これまでを振り返ってみると、この分野の研究者として第一人者である山村・岡本両先生がアニメ聖地巡礼の意義を提唱され始めた頃は、舞台モデルとなった地元とファンが模索をしながらツーリズムの取り組みを進めていったという印象がありました。おそらく、著作権者も地域もファンにも、ノウハウが十分になかったからだと個人的には思います。ある日、突然見たことがない訪問者が現れて、地元の人々がそれを見て様々な取り組みを開始するというダイナミックな過程を描き、一大分野として開拓・発展されたのが、とりわけ山村・岡本両先生のご業績です。
当時から見ると、随分アニメ聖地巡礼もそのあり方が変わってきたなと思います。ロケハン(ロケーションハンティングの略。舞台や背景の取材のこと。)を行ったということがスタッフによって明らかにされることもありますから、フィルムコミッションを通じた映像作りに似ています。だから放映前に「ここが舞台です」と公表される事例もありますよね。ある意味で、地元が早くから来訪者を迎える準備ができるようになっていると思います。それが先に述べた模索期と違う点ですね。段々と、ノウハウと言いますか、何をどうすれば良いのかという一種の最適解が共有されるようになっているのでしょうね。結果としてアニメ聖地巡礼の構造の変化に繋がったのかなと考えています。地元側が最初から舞台のモデルになることを知っているかどうかはその後の様々な取り組み展開に大きな影響がありますからね。
簡潔に言いますと、アニメファンが主体的に地域に関わるなど手作りで聖地を盛り上げてきた創成期から発展し、今では著作者と地域がフレームワークを先に作ることができる、という形態が生じていると私自身理解しています。とは言え、変わるものもあれば変わらないものもあって、いくら地域づくりの仕組みが変わっても、ファンがあの作品の空気に触れたい、実際にあの道を歩いてみたい、という根源的な欲求がアニメ聖地巡礼の文化の根底にあることには変わりありません。

― 聖地巡礼やコンテンツーリズムの研究において、これから森さんが研究していきたいテーマはありますでしょうか?
ボランティアツーリズムの観点で新たな視点を提供できないかと考えています。先に言いましたように、アンケートでファン参加の清掃プロジェクトを実施した地域は全体の15%でした。確かにそこまで広がってはいませんが、何かの可能性を感じました。例えば、コロナ禍で集客イベントができない中、キャンプが典型ですが、屋外行事が好まれやすい中でこうした清掃はイベントして潜在性があるのではないでしょうか。実は今、研究者として感じているのは、アニメ聖地巡礼研究の理論枠組みの刷新の必要性です。私を含めて、初期に研究を発展した山村・岡本両先生が作った枠組みが、今も議論をする際の中心に据えられていて、研究全体としての新規性が少なくなってきていると思っています。 今後、この分野の研究を更に拡げていくためには、山村・岡本両先生が作り上げた理論のリニューアルをして、新しい枠組みを作っていかなくてはならないと強く感じます。アニメは日本が世界からリスペクトされている数少ない分野の一つで、実際に海外の方々はアニメにもの凄い興味があって、日本のアニメを研究している人もいます。でも、日本人がアニメを論じることに意味があると私は考えていて、日本が世界に誇るこの分野を研究者としてしっかり支えていかないともったいないなと思っています。その一つとして、例えば、清掃ボランティア活動などに注目しながら、地域の関係人口とかボランティアツーリズムの観点から聖地巡礼への研究を進めていきたい、今はそう考えています。

自治体アンケート報告書は下記にて読むことができます。
アニメ聖地巡礼を活用した地域の魅力づくりと活性化を考えるアンケート報告書

森裕亮氏のアニメ聖地巡礼とボランティアツーリズムに関する論文は下記にて読むことができます。
The Power of Anime: A New Driver of Volunteer Tourism(2022年3月31日公開)