アニメ制作のビジネスモデルの歴史 その③ 製作委員会の登場

前回、一社提供によるアニメ製作体制におけるクリエイティブ面での制約をお話しましたが、そのような状況の中で、企業が制作費や広告費を負担し、且つ制作会社が作りたいものを作れる自由度が高い製作体制が登場してきました。それが製作委員会方式です。

アニメの黎明期は、スポンサーの商品である菓子や玩具、漫画などを売るため、低年齢層を対象とする作品が全盛でしたが、やがて『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』といった少し年齢層高めのアニメに、青年層や大人のファンが着実に増えてきていきます。

宇宙戦艦ヤマト』で象徴的に現れたこの年齢層の変化を見越して製作された『機動戦士ガンダム』も、初回放送こそ視聴率低迷で打ち切りになったものの、すぐに頭角を現しました。
放送終了の半年後に発売したガンプラが驚異的な売れ行きを見せたこともあって、これが作品の再評価に繋がり、劇場版三部作が製作・公開されると大ヒットを飛ばし、一大ブームを巻き起こしたのです。
当然の流れとして、年齢層の高いファンがついたアニメに商業的価値を見出す企業が出て来ます。

一社ではアニメ番組の提供会社たり得ない(それ程の大きな資金力を持たない)出版社や、まだ規模の小さかったオタク向け市場で商売をしていた玩具メーカーやレコード会社、ソフト会社といった中小企業が寄り集まり資金を出し合い、自社商品に還元できる作品に出資をし始めたのです。

上記のような企業は、オタクたちが自分たちの商品に喜んでお金を出すような作品が数多く制作されることを望み、製作委員会という出資団体を作って、制作会社に支払う制作費だけではなく、広告費やテレビ放送枠の購入費も負担しました。

それまで、玩具やお菓子などを売るための子供向けアニメであることから、内容や表現などに制約を受けて不自由さを感じていたクリエイターたちにとって、不条理な内容や過激な表現でも、とにかくオタク受けする作品であれば何でもOKという製作委員会のオーダーが、どれ程魅力的だったか想像に難くありません。
もちろん、クリエイターの全員がそう思ったわけではなく、子供向けアニメを作りたいという志向のクリエイターたちは、そうした動きには迎合せず、世界名作劇場や藤子不二雄作品などのような子供向けアニメを作り続け、アニメの多様性の中の一角を担いつつも、オタク向けアニメとは袂を分かつことになります。

オタク向けアニメの隆盛期は、対象が若年層から青年層や大人に変わったことで、放送枠も番組提供価格の高いゴールデンタイムにする必要性がなくなり、番組提供価格の安い深夜枠での放送が増えました。
また、作品自体が価値を持つようになったことから、ファンたちは、玩具や書籍などのアニメの関連グッズではなく、アニメを見るためにもお金を出すようになり、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)が大量に作られるようにもなりました。

内容に関しても、それまでのロボットやヒーローなどが活躍する単純なストーリーの作品だけでは需要を充分に満たせないことから、アニメファンの多様な好みに対応する形で、美少女系社会派系日常系からBL系といった幅広いジャンルのアニメが制作されるようになります。
日本のアニメの優位性の一つであるジャンルの多様性は、この製作委員会による功績が大きいと言えるでしょう。


ガンプラ:『機動戦士ガンダム』の作中に登場するモビルスーツ(ロボット)のプラモデルの総称。バンダイ模型(現・バンダイ)がプラモデル商品化権を取得して1980年7月19日に「1/144 ガンダム」を発売。発売の翌年には、空前のガンプラブームが巻き起こりました。


連載コラム「アニメの未来を考える」アニメ制作のビジネスモデルの歴史
その① アニメ映画からテレビアニメへ
その② 一社提供アニメ
その③ 製作委員会の登場
その④ 製作委員会の仕組み
その⑤ 製作委員会の変容
その⑥ 外資企業・配信サービスの台頭