『推しの子』のスゴいところをまとめてみた件 前編
現在TOKYO MX他にて放送中で、本日6月28日に最終回を迎える『推しの子』は今期の「覇権アニメ」との呼び声も高いヒット作となりました。
YouTubeで4月13日に公開されたオープニング曲・YOASOBIの「アイドル」は、Official Music Videoの再生回数が6日で2000万回を超えてYahoo!ニュースに取り上げられる程のヒット曲で、先日もBillboard JAPANチャートにおけるストリーミングの累計再生回数2億回を突破したことがニュースとなっていました。
神籬で実施しているアニメパワーランキングでも、『機動戦士ガンダム 水星の魔女 Season2』、『ちいかわ』という強豪と拮抗し、『鬼滅の刃』の下で2~4位争いを演じている人気ぶりです。
そこで、今回から3回に分けて、そんな話題作の『推しの子』の何がそんなにスゴいのか、人気の秘密を解説してみたいと思います。
ギャップがスゴい
未見の方は、そのタイトルから、ドルオタ(アイドルオタク)の主人公が、推しのアイドルの子供に転生するという、最近多く見られる「転生モノ※1」で、オタクたちの願望を叶えたような作品だと思われがちなようです。
実際、筆者もそのように思っていましたし、第1話中盤あたりまでその通りの内容で、ドルオタの願望※2を叶えたかのようなストーリー展開となっています。
この『推しの子』の原作マンガは、アニメや実写映画にもなった『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』(集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)の原作マンガを描いていた元マンガ家の赤坂アカが原作を務める作品です。
作画を担当するのは、成人マンガ出身で、アニメや実写ドラマにもなった『クズの本懐』(スクウェア・エニックス「月刊ビッグガンガン」連載)が代表作として知られるマンガ家の横槍メンゴです。
『推しの子』は『かぐや様は告らせたい』と同じく「週刊ヤングジャンプ」に連載されており、『かぐや様は告らせたい』で描かれていたラブコメ要素と、『クズの本懐』で描かれていた色気のあるタッチで、まさに初見で抱いた(推しアイドルの息子になった主人公が、夢のような展開に身悶えするようなお話で、ちょっとエッチな展開もあるのかなという)印象のままの作品のように思われました。
ところが、第1話の終盤の急展開で、作品内容がガラリと変わります。
突如として、アイドルアニメの仮面を脱ぎ捨て、星野アイの仇を探す復讐ミステリーの顔を現すのです。
振り返ってみると、確かにそんな要素は確かに散りばめられていたものの、メインの展開の面白さに目を奪われて気にしていなかったものが、一気に繋がってとんでもない事態を巻き起こします。
この展開に度肝を抜かれた視聴者・読者は多いことでしょう。筆者もまさに、まんまとしてやられたなと感じました。
異例の第1話90分の拡大スペシャルがスゴい
アニメの第1話は、90分の拡大スペシャル版として放送されました。
60分拡大というのは過去にも例があり、今シーズンの『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』でも第1話が60分拡大放送されました。
理由としては、30分だと、舞台設定の説明というどうしても盛り上がりに欠けてしまう導入部分だけで終わってしまうところを、60分にして起から転に移るまでを一気に見せてしまうことで、次の展開への期待を持たせる効果があるからです。
『推しの子』でも事情はほぼ一緒ではあるのですが、それにしても90分というのは異例の長さです。
しかも放送に先駆け、全国の映画館にてこの第1話が『【推しの子】Mother and Children』のタイトルで先行上映されました。
この90分で、原作の1巻分(第1~10話)をまるまる描いているわけですが、その理由は明白です。
この第1巻が実はまるまる本編の前日譚となっており、本当の物語は第2巻からスタートする構造となっているからです。本編の導入部までを見せることで、本当の物語に至る前に離脱されてしまうことを回避することができるというわけです。
しかも、前日譚ではあっても一つの物語として成立し得る内容であることから、抜群のプロモーションとなると同時に、単体の物語としても、視聴者を惹きつけ魅了することができるだろうという計算もあったことと思われます。
ちなみに、原作でも第1話は増量41ページで(通常は1話20ページ前後)、生まれ変わりまでが描かれていました。
双子による陰と陽の2軸構成がスゴい
『推しの子』は、星野アクアと星野ルビーという双子が陰と陽の関係となり、復讐を目指すアクアとアイドルを目指すルビー、ミステリーものとアイドルものという2つの軸が同時進行で展開される構造となっています。
陰であるアクアのターンでは、復讐相手を探し出すために芸能界に足を突っ込み、巧みに容疑者へと接触し、タバコの吸い殻からDNA鑑定をしたりと、なかなかに陰湿な印象の展開となっています。
手がかりを得るため、アイの残した携帯電話の桁数すらわからないパスワードを4年間毎日試し続け、4万5510通り目で解除にたどり着くという異常さ、本性を隠して平気で嘘を吐き打算で動くダークヒーローっぷりが、まさに陰を象徴するキャラクター性となっています。
一方のルビーは、前世で叶わなかった夢を実現すべく、明るく快活に目標に向かってまっすぐに進んでいく姿が描かれ、まさに陽を象徴するキャラクター性となっています。
この対比や落差が、『推しの子』の物語に奥行きを与えており、各展開が単調にならず、飽きさせない効果を生んでいるようです。
リアルな芸能界描写がスゴい
作中で描かれいる芸能界や世相などは、かなり調査や取材を行ったようで、よく描かれがちな昭和の芸能界やそれっぽいイメージで作り上げられたものではなく、ビジネス視点やマーケティング知識、SNS、YouTuber、ストーカー問題なども含め、極めてリアリティの高い現在の芸能界を描き出している点も『推しの子』の魅力として挙げられます。
アイドルものだと思って読み始めた読者が良い意味で期待を裏切られる、偏差値が高い部類に入る作品となっていますが、前述通り2軸構成でアイドルものの要素も持ち合わせているので、アイドル好きの読者をも満足させてくれています。
基本的に『推しの子』は、推しのアイドルの子供に生まれ変わるという大ウソと言うか、ファンタジーを持ち込んでいるわけですが、それ以外は極めてリアルさで固めているため、物語全体がふわっとしたものにならずに、地に足がついた骨太感のある物語に仕上がっています。
このあたりの、一つの大ウソをただの虚構とせず、説得力を持ったものとして物語の中心に据えておける虚構とリアルの絶妙なバランス感覚が、この作品を魅力的にしている要素の一つなのではないでしょうか。
次回に続く。
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※1「転生モノ」と呼ばれるものの代表格となっているのが「異世界転生モノ」で、現実世界で不慮の死を迎えた主人公が、神様にチート能力(あるいはすごいステータス)を与えられ、ファンタジーゲームのような世界で無双し、美少女たちに愛されるという、オタクの願望を叶えるかのような作品が定番スタイルとなっています。
※2 実際にネット上では、アイドルの結婚報道があった際に、今死ねばアイドルの子供に生まれ変われるかも、というあり得ない夢物語をファンたちが語る様子が見られており、こうしたネット上の冗談話が『推しの子』のコンセプトの元になっているようです。