タツノコプロのことをふりかえってみた件 ⑬ 『昆虫物語みなしごハッチ』にはじまるメルヘン路線

笹川ひろしの提案で始まったシリアス(リアル)路線とギャグ路線の二毛作の他に、新たな路線が誕生します。
それが『昆虫物語みなしごハッチ』から始まるメルヘン路線です。

メルヘン路線の誕生
事の始まりは、吉田竜夫鳥海尽三に「昆虫で何かできない?」と言ったことなのだそうです。
鳥海尽三は、いたずらっ子だった自分をいつもかばってくれた子供時代の自身の母親のイメージから、母を求めて旅をする物語を生み出します。
キャラクターは吉田竜夫によるデザインで、実際のミツバチの黒に黄色の配色にとらわれず、赤青黄色を大胆に使ったものでした。
姿も主人公然とした凛々しさではなく、ゆるい口元に眠たそうな目という何とも弱弱しく、愛らしさの中に、どこか憂いや悲しも内包したような不思議なキャラクターになっています。

この『昆虫物語みなしごハッチ』について、吉田竜夫は特別な想いを抱いていたようです。
ある日社長室に呼び出された原征太郎が、ハッチのイメージイラストを見せられ、『昆虫物語みなしごハッチ』の監督を任されることになるのですが、この時、吉田竜夫は「俺がなんでアニメをやろうと思ったか? これ(ハッチ)を作りたかったからなんだ」と話したのだそうです。

マッハGoGoGo』、『科学忍者隊ガッチャマン』のシリアス・リアルSFアクション路線は、吉田竜夫テイストの作品ではありますが、男の子寄りであるという作品特性は否定できません。
その点、このメルヘン路線は、性別関係なく受け入れられるものでした。
母子の愛情という大人の心にも響く根源的なテーマ性を持つことから、年齢的な制約も薄く、時代性すら超越して恒久的に見続けてもらえる可能性がある作品です。
これこそ、吉田竜夫が目指したものだったのに違いありません。

昆虫物語みなしごハッチ』(1970~ 1971年・全91話)
樫の木モック』(1972年・全52話)
けろっこデメタン』(1973年・全39話)
昆虫物語新みなしごハッチ』(1970~ 1971年)
ポールのミラクル大作戦』(1976~1977年・全50話)
風船少女テンプルちゃん』(1977~1978年・全26話)

このメルヘン路線も、シリアス・リアルSFアクション路線とギャグ路線に加えてタツノコプロの大きな柱となっていくのです。

タツノコプロ作品の基本特性
これまでの試行錯誤で積み重ね開拓してきたシリアス・リアルSFアクション路線、ギャグ路線、メルヘン路線の作品づくりですが、以下のような共通するルールが見出せます。

・無国籍性
・作画のこだわり
・実験的映像テクニック(スキャニメイト


まず、無国籍性ですが、海外販売を視野に入れたビジネス戦略と同時に、これも「世界の子供たちに夢を」という理念から、どの国の子供たちが見ても問題のないようにとの配慮があるわけです。
たとえば、『ハクション大魔王』の主人公・カンちゃんの住む与田山家は、畳に炬燵なんてものはなく、当時としてはまだ一般的とまでは言えない、洋風な家となっていました。
カンちゃんの部屋にはベッドがあり、食事もテーブルで食べていたり、パパは家ではいつもガウンを着ているという具合です。
その他、『タイムボカン』シリーズなどでも、やはりどこかわからない国が舞台となっていて、日本っぽい風景や風習は敢えて描かないようにされていました。

さすがに原作付きの『いなかっぺ大将』はそんなわけにいかず、花の東京へ上京するところから始まり、後半では主人公の風大左衛門とニャンコ先生が、修行の旅で日本各地を巡るシーンがあったりと、明確に日本を舞台に描かれていましたが、やはりこれは例外的と言えます。

作画のこだわりについても、線の多さに加え、止め絵やズーム、パンなどでごまかしたり省略せずに、ちゃんとモノや人を動かしたり、特殊効果へのこだわりなど、タツノコプロならではのクオリティの高さは、どの作品を見てもよくわかります。

作画については、笹川ひろしが目撃したという吉田竜夫のエピソードがあります。
科学忍者隊ガッチャマン』の制作現場は、良い作品にしようというスタッフたちのこだわりが過ぎて、鳥海永行が「地獄」と形容した程に壮絶を極め、吉田竜夫も毎日朝から晩まで社長室に籠って作画の手直しをしていました。

吉田竜夫はインタビューで、後になって良い作品だったと思えるように、現場にはあまり口を出さずに作りたいように作らせていたものの、そうなるときりなくゼイタクをし出して会社が傾いてしまうので、口を出さないわけにはいかないというようなことを語っています。
ここで言う「ゼイタク」というのは、作画枚数や特殊効果の処理を増やすとかいったものを指すのですが、クリエイターとしては自由に作らせたいものの、経営者としては止めなくてはいけないという葛藤が見られます。

笹川ひろしの回想によると、ある時、車に同乗して話していた広告代理店の担当者が、進行が遅れている件に触れ、「リンゴは丸に棒を描いてリンゴに見えたら、少しくらい歪でも凹んでも良いんじゃないか」と制作の妥協を促す発言をしたことがあり、これに対し吉田竜夫は激昂したと言います。
普段めったに怒らない吉田竜夫から「冗談じゃないよ!俺たちは線一本が生きるか死ぬかに命を懸けているんだ。リンゴに見えれば良いなんて言うのはひどい」と言われた広告代理店の担当者は恐縮していたといいます。

実験的映像テクニックも、スキャニメイトなどをはじめ、特撮番組などの映像技術を取り入れたり、実写合成など、様々な方法を貪欲に試す姿勢や、常に新しいものを取り入れて視聴者を驚かせたいというクリエイターのが、スタッフたちの共通意識となっているのだと感じられます。
それは、タツノコプロのスタッフたちの技術向上と共に、タツノコプロでしか見られないオンリーワンの映像を生み出すことにもなりました。

もう一点。これは補足で、全ての作品に当てはまるものではありませんが、キャラクターの配色についても、吉田竜夫のポリシーがありました。
ヒーローの色には濁色は使わず、白と赤と青の3要素を入れるのが鉄則。
白は映えるし、正義感がある。赤は目立つし良い者の色、熱血の色。青はだいたい味付けに置くと落ち着く。
というもので、『マッハGoGoGo』に『科学忍者隊ガッチャマン』、『新造人間キャシャーン』、『宇宙の騎士テッカマン』、『ヤッターマン』等々、そうやって見るとなるほど符合する例がたくさんあり、タツノコヒーローの三原色となっているのが見て取れます。

この配色パターンの中で学んだ大河原邦男は、後に『機動戦士ガンダム』でガンダムをデザインしましたが、ガンダムの色にもこの三色が入っていて、このタツノコヒーローの三原色が受け継がれたデザインだと気づかされます。

これらの特性が、シリアス(リアルSFアクション)路線、ギャグ路線、メルヘン路線という作風もテーマも異なる様々な作品を通じて、共通ルールとして入っていることで、タツノコプロらしさと呼べるものへと昇華していったわけです。

次回に続く。

〈了〉


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