タツノコプロのことをふりかえってみた件 ⑤ 『マッハGoGoGo』の制作

前回は、アニメ2作目の『マッハGoGoGo』で、革新的な作画やフルカラーを導入したタツノコプロの貪欲な挑戦のお話をしましたが、今回はその続きです。
マッハGoGoGo』についてさらに詳しく解説してみたいと思います。

ちなみにタイトルの『マッハGoGoGo』は、マッハ号の「号」、ボディーナンバー5の「5」、そして主人公である三船剛の「剛」の3つの「ゴー」を並べたものなのだとか。

次回作の必要性
マッハGoGoGo』の企画は、タツノコプロの初アニメ作品である『宇宙エース』の放送時から始まりました。
宇宙エース』は1年間放送されましたが、吉田竜夫鳥海尽三の2人が、スポンサーであるカネボウハリスに、放送の延長を頼みに行くも断られてしまったことが発端となります。

タツノコプロではアニメ制作のスタッフを何十人も抱えていましたから、番組が終わったら仕事がないというわけにはいきません。
急遽次回作を作らねばならず、スポンサー訪問の帰りに吉田竜夫鳥海尽三に提案したのが、自身の漫画作品である『パイロットA』でした。
『パイロットA』はジェットエンジンを搭載した特殊自動車A(エース)号に乗り、国際スパイ団やロボットレーサーなど相手に活躍するカーレース漫画です。

吉田竜夫が自身の絵柄を押し通したのは、戦略的な判断
第1作は東映動画からの提案が元で始まった企画で、『鉄腕アトム』っぽい作風のヒーローアクションものだったわけですが、第2作は吉田竜夫の企画で、彼が得意なリアルな絵柄でかっこいいアクションがウリの作品でした。

当然のことながら、吉田竜夫自身、自分の絵柄で勝負したいというクリエイターとしてのエゴもあったことでしょう。
しかし、決してそれだけで他人を動かす吉田竜夫ではありません。
タツノコプロは、吉田竜夫の絵柄や個性を看板に創作物を売っている企業なわけなので、それを使わずに既存作品のものまねでアニメを作っていくことは、各企業が次々にテレビアニメ事業に参入してくる中で、戦略的な優位性を持ち得ません。
吉田竜夫はあまり多くの言葉を残さなかったので、この辺りは推測の域を出ませんが、これからアニメ制作会社として継続的な経営を考えた際に、企業戦略として、吉田竜夫の絵柄を武器にしないという選択肢はなかったはずです。

さらに言えば、これまでの漫画での経験上、自分の絵柄がアニメの視聴者にも支持を得られるであろうという確信もあったはずです。
そしてもう一つ。吉田竜夫には、他と同じことをしていてはダメだという信念があり、誰もやっていないことをやろうという開拓精神がありました。

したがって、普段は人の意見を良く聞いたという吉田竜夫が、笹川ひろしの説得を受け入れず、ここにこだわったというのは、他社との差別化をはかり、且つ他が真似できない個性や魅力を武器にアニメ業界で戦うための、社長としての戦略的な判断だったのではないかと思われるのです。

吉田竜夫社長自らが作画監督
前回触れたように、スタッフが描けないなと言うなら描けるように訓練しろと言った吉田竜夫ですが、訓練したところで、そう易々と描けるものでもありません。
実際には、アニメーターたちが上げてくる原画を吉田竜夫社長自らが全て目を通して修正していました。
これは今で言うところの「作画監督」の役割ですが、吉田竜夫以外に直せる人がいないわけですから、社長室で朝から晩までひたすら赤鉛筆で直しを入れていたそうです。

作画スタッフは慣れない絵柄に挑み、何とか吉田竜夫の求めに応じようとしますが、そんな状況ですから放送がはじまると、たちまちスケジュールが詰まってしまい、放送に間に合わせるため、やむなく社外のアニメ会社に作画を発注することも多かったとのこと。

作画の魅力で魅せるこだわり
オープニングアニメを見てもらうとわかる通り、『マッハGoGoGo』では、被写体を動かすのではなく、カメラアングルを動かすという作画の手間がかかる技法を多用しており、背景の流れでいかにスピード感を出すかという実験も連日行われていたそうで、作画へのこだわりが強かったことが伺えます。
ストーリーやテーマ性などに自信があり、作画は徹底的に省略や使い回しで対応した手塚治虫の方針とは違い、作画の魅力で見せたいという吉田竜夫の方針のもと、作画の手間を惜しまなかったわけです。
それでも『宇宙エース』からこの『マッハGoGoGo』まで一度も落とさずに、放送を全うできているのですから、新興のアニメ制作会社としてはかなり優秀だったと言えるでしょう。

オープニングのラストで、マッハ号を華麗に飛び降りた主人公・三船剛が静止し、そのままくるりとカメラが横にパンするように、マッハ号と剛が回り込むカットが描かれているのですが、これは実は非常に難しい作画なのです。
なかなか動画を描いたことがない人には伝わり難いのですが、片腕と片足を上げて思いっきり体をひねった体勢の人間や、流線形が複雑に入り組んだ車体が自然に回転しているように見せるというのは、かなり高度な描写力が必要で、これを「どうだ、スゴイだろ」と言わんばかりにオープニングで見せるというのは、なかなかの見栄の切り方です。
これを見た同業者たちは、『マトリックス』の「バレットタイム」※1の時のような衝撃を受けたのではないでしょうか。

次回に続く。

〈了〉


神籬では、アニメ業界・歴史・作品・声優等の情報提供、およびアニメに関するコラムも 様々な切り口、テーマにて執筆が可能です。
また、アニメやサブカル系の文化振興やアニメ業界の問題解決、アニメを活用した地域振興・企業サービスなど、様々な案件に協力しております。
ご興味のある方は、問い合わせフォームより是非ご連絡下さい。


※1 「バレットタイム」とは、被写体の周囲に複数のカメラを並べて連続撮影をすることで、被写体はスローモーションなのに、カメラワークは高速で移動する特殊な映像を撮影するSFX技術。