『君たちはどう生きるか』を観て来た件 後編 13個の積み木の意味

前回は「広告ゼロ」という『君たちはどう生きるか』の異例のプロモーションについて取り上げましたが、今回は内容の方に注目したいと思います。

<以下ネタバレ注意>

作品の構成自体は、異世界に行って戻って来る、いわゆる『ふしぎの国のアリス』的な物語なのですが、設定や物語のは『失われたものたちの本』※1という本がベースとなっているようです。これらの作品が様々な暗喩が込められているのと同様に、『君たちはどう生きるか』にも暗喩と思われる描写が多数出てきます。

中でも気になったのは、異世界を管理する大伯父が、後継者を求めており、自分の血を引く主人公である眞人に全部で13個ある積み木(石)を3日に1つずつ積むように言う点です。


『風の谷のナウシカ』が公開された1984年から『君たちはどう生きるか』が公開された2023年までを数えるとちょうど39年です。3日は3年のことだと解釈すると、数がぴったりと合います。
作品数に関しては、13作品にどれを入れるかで見解が分かれるところでしょう。
年数を1984年の『風の谷のナウシカ』からカウントしているので、1979年の宮崎駿初監督作品である『ルパン三世 カリオストロの城』は外すべきか、代わりに1995年の『On Your Mark』を入れるのか、脚本のみの『耳をすませば』は外して、テレビ版の総集編映画である『未来少年コナン 巨大機ギガントの復活』を入れるか、意見が分かれそうです。

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1.『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)※東京ムービー新社作品
2.『風の谷のナウシカ』(1984年)※トップクラフト作品
3.『天空の城ラピュタ』(1986年)
4.『となりのトトロ』(1988年)
5.『魔女の宅急便』(1989年)
6.『紅の豚』(1992年)
7.『On Your Mark』(1995年)
8.『もののけ姫』(1997年)
9.『千と千尋の神隠し』(2001年)
10.『ハウルの動く城』(2004年)
11.『崖の上のポニョ』(2008年)
12.『風立ちぬ』(2013年)
13.『君たちはどう生きるか』(2023年)
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大伯父が眞人に託そうとした13個の積み木とは別に、大伯父が積んでいた積み木の数は8個で、こちらは高畑勲監督の長編アニメ作品の数に符合するので、やはり大伯父は高畑勲でもありそうです。

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1.『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)
2.『じゃりン子チエ』(1981年)
3.『セロ弾きのゴーシュ』(1982年)
4.『火垂るの墓』(1988年)
5.『おもひでぽろぽろ』(1991年)
6.『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)
7.『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)
8.『かぐや姫の物語』(2013年)
※『パンダコパンダ』『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』は中編アニメ作品なので除外
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また、作中の「下の世界」の設定にも多分に暗喩が込められているようです。

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・「下の世界」の住人はほとんどが死人
・住人のほとんどは、自分たちで食べ物を得ることが出来ず、分け与えてもらうしかない
・新しい命として生まれようとする「ワラワラ」を食べてしまうペリカンたち
・そのペリカンたちも他から連れて来られ、飢えて仕方がなく「ワラワラ」たちを食べている
・ヒミはペリカンたちから「ワラワラ」を助けようとするが、その結果「ワラワラ」の一部も犠牲になってしまう
・進化したセキセイインコたちの数が増え過ぎて食糧問題が起きている
・先祖たちが生きる空間を見て「楽園」だと言うセキセイインコの子孫たち
・「下の世界」から飛び出したセキセイインコたちは、ただの鳥に戻ってしまう
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アニメーターや作品数は増えるものの、自分らでは収入をコントロールできずに食えない者ばかりで、夢半ばで辞めていってしまう者、アニメビジネスを成立させよとする過程で犠牲になる者たち、黎明期のアニメ業界は楽園だったなど、いろんな点がアニメ業界のあれこれに符合するように感じられました。

また、後継者を求める大伯父と、崩壊寸前の「下の世界」はスタジオジブリそのもののようです。
この作品は宮崎駿の自叙伝的な作品であることから※2、眞人は少年時代の宮崎駿自身であることは察しがつきますが、後継者を求める大伯父もまた現在の宮崎駿でもあるようにも、また高畑勲のようにも見えます。
青サギは序盤の嘘や騙しといった表現だけを見ると、鈴木敏夫の投影だとするとわかりやすくハマりそうにも思えますが、それだけでは説明ができない部分も多くあり、単純に個人の投影というだけでもなさそうです。

眞人と夏子が自転車の人力車(輪タク)で実家に向かう道中、出征する日本兵・片山一良に頭を下げて見送るというのも、今回映画制作に助監督として参加した片山一良※2にスタジオジブリの後を任せるという演出とも見て取れます。
崩壊する「下の世界」や、インコ大王が積み木を勝手に積み上げて叩き切ってしまうこと、「下の世界」から飛び出したインコたちの変化、希望を繋ぐかのような眞人が持ち帰った1個の積み木(墓石)をどう解釈するかで、今後のジブリの未来への展望をどう見るかが変わってきそうです。

インコ大王を宮崎駿の投影だと解釈すれば、大叔父=高畑勲から託された13個の石を無様に積み上げ、世界を壊してしまった懺悔とも取れます。そうなると、眞人は宮崎駿がなりたかった理想の自分、インコ大王は現実の自分という見方もできそうです。

全体的に美しく夢のある世界というよりは、現実の厳しさやどこか重苦しいものを感じさせる世界観が描かれていますが、ジブリは鈴木敏夫の手腕によって美しい姿だけを見せてきたものの、実際にはそんな清浄な世界ではなく、きれいごとではないものもたくさんあるはずで、そうしたものの述懐とも考えられるでしょう。

映画は観る人によっていろんな見方ができるものである上、隠喩などは1対1で構成されるものではなく、複数要素を複合させて表現されることもあるので、答えが一つではないこともあります。
ここで挙げたのは、いくつもの異なる見方や解釈が出来るうちの一つを取り上げたに過ぎません。

たとえば、環境汚染や人口増加の問題、人類の愚かさといったテーマで読み解くこともできるでしょうし、子供が母離れをして大人となっていく成長物語とも、生死の世界観だとも、作中のいろんな事象やキャラクターを、前述とは別の何かや誰かの投影だと当てはめることもできるでしょう。
『白雪姫』の7人の小人だったり、地獄の門など、いろんな物語や作品からの引用やオマージュ的なものが盛り込まれているだけではなく、『ハウルの動く城』の暖炉や『天空の城のラピュタ』の木の根を素手で登っていくシーンなど、過去の宮崎駿作品を思わせるイメージも随所に散りばめられているので、ジブリファンにとってはそうした記号を探すのも楽しいかもしれません。

『君たちはどう生きるか』では、各キャラクターが過去の宮崎駿作品程には明確に統一性や一貫性をもって描かれていないようにも感じるので、場面ごとに、別々の何かの投影に見えたりして、そのあたりの矛盾や未整合などが、より解釈の幅や意見の食い違いなどを生じ、みんな正解(正解などは元々ないのかもしれませんが)を求めて四苦八苦するのではないかと思われます。

ただし、必ずしも深読みしたり考察するのが正しい見方というわけでもないので、何も考えずにストーリーを楽しむだけでも良いはずです。
とは言え、こういった考察はアニメの楽しみ方の一つでもあります。
ジブリ映画としては珍しいことですが※4、考察系がお好きな方にとって、この映画は、いろんな解釈ができて考察し甲斐のある良い素材であると言えるでしょう。
ご視聴済みの方は再度映画を見た際に、未試聴の方はこれから映画を見てみて、いろんな解釈や考察を試みてはいかがでしょうか。


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※1 『失われたものたちの本』はアイルランドの小説家ジョン・コナリーによる小説で、2006年に出版された作品です。日本語の翻訳本が出版されたのは2015年です。
物語の舞台は第二次世界大戦下のイギリス。
母親を病気で亡くした主人公の少年は、父親から新しい恋人を紹介され、妊娠を機に2人は結婚して弟が生まれると、一家はロンドンから郊外へと移り住み、少年は、かつて娘と共に行方不明となったという義母の伯父の蔵書がたくさん残されている屋根裏部屋を与えられます。
新しい母や弟に馴染めず、それを連れて来た父親への嫌悪から、孤独に苛まれ気持ちが不安定になっていた少年は、ある日死んだはずの母の声に導かれて、おとぎ話の登場人物や神話の怪物たちが蠢く美しくも残酷な異世界に迷い込んでしまい、読めば元の世界に戻れるという「失われたものたちの本」を探す旅に出ます。
このようなストーリーや設定の他、この作品には、少年の自傷行為や、塔、異世界を支配するねじくれ男が少年を王の後継者にしようとするなど、共通点が随所に見られます。

※2 眞人の父親は戦闘機を作る工場の工場長で、戦争がはじまると田舎に工場と共に疎開してくるのですが、宮崎駿の父親も航空機部品製造会社を経営する一族の出身で、子会社の宮崎航空機製作所を経営しており、戦時中は栃木県の宇都宮に移転し、宮崎駿も家族で宇都宮に疎開しているなど、共通点があります。

※3 片山一良は、『風の谷のナウシカ』で演出助手をつとめたフリーのアニメ演出家で、『君たちはどう生きるか』の制作にあたって招集されたメンバーの一人です。

※4 『君たちはどう生きるか』は、異世界の描写などでジブリっぽさは感じさせるものの、これまでの宮崎駿作品にあった印象に残る圧倒的な作画シーンというものがあまり見られず、どちらかと言うと、いろんな隠喩や場面や行動のメッセージ性のようなものの方が目立つ作品となっているように感じます。