『推しの子』のスゴいところをまとめてみた件 後編

今回も前回に続き、『推しの子』のスゴいところを紹介します。

各話のラストがスゴい

アニメ第2話からはラストに必ず盛り上がる場面を持ってきて、そこだけ密度の濃い画面にした上、アニメ『シティーハンター』の「Get Wild」のような感じで※1、エンディング曲のイントロが挿入されるという特徴的な終わり方をしています。

第2話では、芸能科ではなく一般科を受けたアクアに有馬かなの「なんでよー!」
第3話では、プロデューサーの本音を聞いたアクアが「せっかくだから滅茶苦茶やって帰るか」
第4話では、アイドルグループのメンバー候補に悩むルビーたちにアクアが有馬かなを提案
第5話では、ぴえヨンにユニット名を聞かれたルビーが母アイのいた「B小町」を提案
第6話では、自殺を図る黒川あかねを突然現れたアクアが引き留める
第7話では、アイをトレースして両目に星が宿った黒川あかねにアクアが目を奪われる
第8話では、アクアから誘われ、MEMちょが新生B小町加入
第9話では、歌が下手だと公言していた有馬かなの思わぬ実力が発覚
第10話では、緊張していた有馬かながルビーの言葉で覚悟を決めた瞬間

といった具合に、どの終わり方も原作の各話の終わり方を踏襲しているものの、唐突で意外な展開、バシッと決めて終わるというラストカットを、よりインパクトの高い形に演出して次回への期待感を最高潮にしており、これに視聴者は釘付けにされてしまうのです。

スタッフがスゴい

監督は『私に天使が舞い降りた!』、『恋する小惑星』で監督を務めた平牧大輔で、『かみちゅ!』(原画)、『侵略!?イカ娘』(作画監督)、『ゆるゆり』(演出)といったカワイイ系の女の子たちがキャッキャッするタイプのアニメに定評があるアニメーターあがりの演出家です。
つまり、女の子を可愛く見せるのがお得意なわけで、『推しの子』でも、陽であるルビーたちのシーンで充分に発揮されているようです。

キャラクターデザインを担当した平山寛菜は、元々キャラクターデザイナー志望でアニメ業界に入り、アニメーター歴わずか3年※2でキャラクターデザイン及び総作画監督(2020年放送の『彼女、お借りします』)に抜擢された程の逸材です。

『推しの子』の半分はアイドルアニメで構成されているのですが、そこで描かれているのは、男性が求めるアイドル像ではなく、女性が憧れるアイドル像です。

女性デザイナーであるからそのような配慮がされているのか、そもそもそれを期待して女性デザイナーを起用したのかはわかりませんが、作品全体を通し、ちゃんとその点を踏まえたビジュアルとなっているのも、原作リスペクトゆえとも解釈できます。

ビジュアル面では女性に寄せた配慮がありながら、物語や演出面では男性が好みそうな胸熱な展開という、これまでの作品であれば回避しそうな組み合わせを実現しているところも、『推しの子』の魅力になっているものと思われます。

アニメを制作する動画工房は、『ゆるゆり』、『恋愛ラボ』、『未確認で進行形』、『干物妹!うまるちゃん』、『私に天使が舞い降りた!』、『恋する小惑星』と美少女アニメに強く、作画クオリティの高さに定評のある制作会社です。

最近だと、美少女アニメではありませんが、『ちいかわ』の制作会社としても知られていますね。

10話までを通して作画クオリティが全く落ちることなく、動きが重要となる見せ処では、これでもかという高クオリティな作画を投入し、時には遊び要素を盛り込んだり、アイの最期やアクアが復讐を誓うシーンではタッチを変えて描いてみせたりとテクニカルな部分も見せるなど、抜群の安心感があります。

それから注目すべき点としては、『推しの子』の原作マンガは、前述通り集英社の「週刊ヤングジャンプ」で連載されている作品なのですが、この作品のアニメ化は、集英社ではなく、KADOKAWA所属のプロデューサーが、出版元の集英社やKADOKAWA社内に提案して実現した企画であることです。
自社以外の出版社が出しているマンガのアニメ化というのはそれ程珍しいことではなく、最近でも集英社の『久保さんは僕を許さない』や主婦と生活社の『くまクマ熊ベアー』、スクウェア・エニックス『不徳のギルド』などといった作品のアニメ化をKADOKAWAが手掛けています。

近年の出版社によるアニメ化ビジネスは、単に自社で出版している原作マンガの売上UPを目的とするものではなく、アニメ作品としてのIPビジネスに主眼が置かれています。
『鬼滅の刃』に象徴されるような大きなヒット作品を生み出せば、関連商品からコラボ企画など多岐にわたる版権使用料というものが、マンガ本を売るよりもはるかに大きな利益を生むので、今やヒットの可能性がある原作作品(マンガ、ライトノベルなど)は、各社の取り合いとなっている状況があります。
自社の出版作品かどうかなどの狭い了見で動いていては、大きなチャンスロスに繋がるので、他社のものであろうとお構いなしというわけなのです。

また、最近では『るろうに剣心』や『キングダム』、『翔んで埼玉』、『ちはやふる』、『銀魂』、『今日から俺は』、『東京リベンジャーズ』、『岸部露伴は動かない』などの実写化の成功作品が続いていることもあり、実写化の動きも活発です。
春アニメの『君は放課後インソムニア』、『おとなりに銀河』などは、マンガ原作でありながら現実世界を舞台にした人間ドラマのため、同シーズンにそれぞれ実写ドラマ、実写映画が放送・公開されていました。
『推しの子』も、ロボットやもモンスターなどが出てこない現実世界を舞台にした作品なので、これら同様に実写化しやすい作品ではあるはずですが、この作品に関してだけは、実写化しないのが正解だと思います。

作品世界において千年に一度のアイドルであるアイは、誰が見てもそう思える横槍メンゴの絵であるから成立し得るものであって、実在の人物では、たとえ同じように「1000年に一人」と言われた橋本環奈であろうと、その他のいかなる人物が演じようともイメージと違うという批判が出てしまうはずだからです。

また、芸能界の裏事情を赤裸々に描いていることから、実写化すると生々し過ぎてしまうという点もあります。
マンガやアニメでは、芸能界の闇や復讐劇という陰の部分を、ポップな絵柄のおかげで軽減されてバランスが取れているものが、実写化すると一気にどす黒くなってしまい、作品イメージとはかけ離れたものになってしまうでしょう。
原作ファンも納得し、且つ新規のファンも集め得る実写化というのは、こと『推しの子』に関しては、かなりハードルが高いものになると思われ、個人的にはこの無謀なチェレンジはオススメしません。

今後の展開への期待感がスゴい

『推しの子』は単行本が第11巻(2023年3月発売)まで出ており、連載中の最新話は第121話(「週刊ヤングジャンプ」2023 No.29)ですが、アニメ第10話までで描かれたのは、原作のわずか第37話までです。
おそらく最終回第11話では、単行本4巻のラストである原作第40話までが絵が描かれることになるでしょう(そこでは『推しの子』のタイトルのもう一つ意味も登場するはすです)。
それでもまだ原作の1/3を消化したに過ぎません。

原作では章立てになっており、第一章は無記載で、第二章「芸能界」、第三章「恋愛リアリティショー編」、第四章「ファーストステージ編」と題されて原作第40話まで続き、ここまでがアニメ第1期となるはずです。
原作第41話からは第5章「2.5次元舞台編」が始まり、現在は第9章「映画編」が進行中です。

この人気ぶりからして、続編の制作は確定的。と言うより、KADOKAWAの肝煎りで制作されている以上、初めから続編制作は織り込み済みで進行中と考えた方が良いでしょう。
『鬼滅の刃』のように、続編がテレビになるか劇場版となるかはわかりませんが、KADOKAWAアニメとしては『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』以来の久しぶりのスマッシュヒット作なので、その期待度も大きいものと思われます。
人気がこのまま維持できれば、物語の完結までのアニメ化も望めるかもしれません。
神籬では、今期の「覇権アニメ」との呼び声も高いこの『推しの子』について、今後の展開に注目していきたいと思います。


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※1 それまでのアニメでは、本編とエンディングは完全に分かれているのが当たり前で、昭和期では本編終了後はCMを挟んで次回予告、エンディングという流れが一般的でした。
ところが『シティーハンター』では、その常識を覆し、各話の物語の終わり際にエンディング曲のイントロが流れ出し、歌い出し直前にエンディングアニメに切り替わるという演出を行い、その斬新さやカッコ良さは、当時の視聴者を釘付けにしました。

※2 アニメーターがキャラクターデザインを任されるようになるまでの年数は、一概には言えませんが、アニメーターとして1人前になるのが3年程、そこから作画監督になって経験を積み、数年して中堅の域に達してようやくキャラクターデザインを任されると言うことが多いようです。もちろん年数を経れば全ての人がキャラクターデザインを任されるわけではなく、アニメーターとしての作画能力とは別に、デザイン能力が高く、他とは異なるオリジナルのものを生み出せる作家性などを持ち合わせたごく一部の人に限るものです。