『推しの子』のスゴいところをまとめてみた件 中編

今回も前回に続き、『推しの子』のスゴいところを紹介します。

原作リスペクト感とアニメの優位性を活かした作品作りがスゴい
原作イメージを崩さない程度の作画クオリティを保ちながら、原作のストーリーや展開の構成などにはあまり手を入れずに、原作で説明不足な部分を補足する程度に留め、マンガという媒体では不得意で表現しきれないが、アニメという媒体では優位なライブシーンや演技力の差※1などの音声やアクションが重要なシーンを強調するという、マンガのアニメ化としては至極真っ当な方法論で制作されています。

自分を出そうとして原作を改変し、原作ファンから手痛い批判を受けるケースが多々ある一方、こうした原作遵守の姿勢は、原作へのリスペクトと捉えられ、原作ファンの支持を得ることができるので、結構重要なポイントです。
実際に画面の構図から、背景ポップの絵柄まで原作に沿ったものになっており、ビジネスリスペクトではなく、制作側には本当に原作へのリスペクトがあることを感じさせてくれます。

原作が元々骨太でしっかりした構成ができているので、そこに手を加える必要はなく、小キレイではあるもののあっさりとした作画で、悪い言い方をすれば省エネで描かれ、アニメでこそ引き立つシーンでは、力を入れるといった具合で、がんばり所を心得ている感もあります。
SNSで話題になるのも、赤ちゃんのオタ芸シーンや、ぴえヨンブートダンス、ピーマン体操といったもので、アニメの良い部分が上手く機能している様子が伺えます。

このような手法は、原作ファンに忖度するというのではなく、原作ファンにも受け入れてもらいやすい形で、アニメが得意な部分のみを強調することでアニメにしたことの意味も充分に持たせる、極めて正しいアニメ化の在り方とも言えるでしょう。

キャラクターの作り込みがスゴい
『推しの子』では、個性的なキャラクターが多数登場します。
マンガやアニメのキャラクターが個性的なのは当たり前ですが、『推しの子』は他作品に比べてその作り込みの深さが段違いに深いのです。
みんな心に闇を抱えていたり、辛い過去を持っていたりするのですが、それがただの過去設定ではなく、現在のその人物の人格や個性に反映されていて、表面に現れる言葉遣いから思考や行動パターンなども含め、その一つ一つがちゃんと人物背景と連結して考え抜かれた設定となっており、それがちゃんと作品上で表現されているのです。

作中に出てくる女優の黒川あかねが、アイになりきろうとプロファイリングをしたように、原作者の赤坂アカは、各主要人物について、こうした人格設定をプロファイリングするように作り込んでいることが窺えます。
この作り込みによって、各人が物語における役割をこなすために配置された駒のような人物ではなく、一人一人がリアルにそこに存在していることを感じさせてくれる説得力を持っているわけです。

例えば、登場人物の一人である子役上がりの有馬かなは、かつては「10秒で泣ける天才子役」と呼ばれて天狗となり、演技に対する情熱はあるものの、スタッフに対しても横暴な振舞いや言動をしていたため、子役としての旬が過ぎると仕事が激減し、誰にも期待されなくなってしまいます。
その挫折や、子役時代に出会ったアクアの演技で敗北感を味わった経験などから、成長するにつれ、女優にとっては演技力よりもコミュ力が重要であること、自分を主張するための上手い演技よりも、時には我を殺して作品のために行動することを信条とするようになります。
努力家で意識が高く、物事に対して全般的に真面目過ぎるため、自分や他人に対して厳しいものの見方をして、ついつい毒舌となってしまい、さらには過去の経験を引きづっていて自虐的だったり、今の自分にはファンなんかいないと公言していたりと自己評価が引くいのも特徴です。
しかし本当は誰かに見てもらいたい、認めて欲しいという願望が誰よりも強く、その渇望感がさらに彼女をストイックにさせているのですが、結果的にこの願望はアクアに向けられ、彼女の目標にもなっていきます。
責任感が強く、自分よりも皆のためにと思う生真面目さから、頼られたら嫌なことでも断ることができず、ついつい頑張ってしまうため、物語では、全くアイドル志望ではないのにアイドルグループ「B小町」に加入させられた上、センターまで務めることになってしまっていました。
と、簡単に説明してもこれくらいの文量が出てしまうくらいに複雑な人格設計があり、それは主要登場人物の各人においても同等の作り込みがされているのです。

星に込められた秘密がスゴい
原作マンガの第1巻表紙やアニメのメインビジュアルで描かれている星野アイの姿は、その瞳に輝く星がとても印象的です。
そのアイの子供であるアクアとルビーは、両方の瞳に星を宿すアイの遺伝子を受け継いでいるためか、それぞれ片方ずつの瞳に星を宿しています。
理性的なアクアは右の瞳に、感情的なルビーは左の瞳に星を宿しているのですが、これは、右目で見たものは倫理的思考の働きが大きい左脳で、左目で見たものは直観や感性の働きが大きい右脳で処理されるとされていることから、そのような配置となっているのではと推察されます。

この星は、普段は単なる星の形をした虹彩に過ぎないのですが、時に輝きを放つ瞬間があります。
一番印象的なのは、最初のライブシーンの冒頭と、ライブ中に自分の子供たちのオタ芸を見たアイが「うちの子きゃわ~♥♥♥」と演技ではない本気の笑顔を見せた瞬間です。
アクアの場合は、子役として映画の出演時、外見と中身の違和感からくる気味の悪さで異彩を放った瞬間が最初でした。
ルビーの場合はそれより少し前の、社長夫人の斉藤ミヤコがアイの秘密を週刊誌に売ろうとするのを止めるため、アドリブで神の化身を演じてみせたシーンでした。

瞳の星は、基本的には才能とかキラメキの暗喩になっているようですが、感情ともリンクしているようで、アクアがアイの復讐を誓うシーンでは、黒く輝きを放っていました。
その後も、復讐のことを考えているシーンをはじめ、ルビーのアイドルへの道を阻止したアクアが「アイと同じ轍は踏ませない」と宣言するシーンや、テレビドラマ『今日は甘口で』に出演するアクアが「せっかくだから滅茶苦茶やって帰るか」と悪だくみを企てるシーンといった具合に、負の感情が高ぶると黒く染まっています※2

星野母子だけではなく、女優の黒川あかねがアイの人格をトレースしてみせた際にも、彼女の両の瞳に星が出現しましたが(星の色もアイやアクア、ルビーとは異なり、黄色だったりします)、この瞳の星にはまだまだ秘密が隠されています。
アニメ視聴者組にとってはネタバレになるのでこの先の展開は秘することにしますが、原作ではこの後、瞳の星がアクアとルビーの感情に連動して変化していく様が象徴的に描かれているので、アニメでもいずれ描かれることになるでしょう。
主人公たちの姓も星野ですし、この星の表現は、『推しの子』では重要なキーとして描かれているので、注目ポイントです。


次回に続く。

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※1 原作ではドラマ『今日は甘口で』の場面で、有馬かなの共演者たちのセリフをカタナカ表記することで下手な演技を表現していましたが、アニメでは声優たちがわざと下手な演技をしています。

※2 星が黒く染まった最初は、子役時代の有馬かなにアイの悪口を言われたアクアとルビーが、怒りで顔を引きつらせていたシーンでした。