東洋経済「アニメ熱狂のカラクリ」号の記事について考えてみた件 ④ アニメーター賃金問題 後編

前回は、「週刊東洋経済」でのアニメーターの賃金問題に関する記事について、報道によって世間が認知するようになった「ブラック労働」問題と、実情とのギャップを取り上げました。

しかし、それは仕方がないことで、アニメ業界は閉じた世界であるため、なかなか業界の内情は外からは見えずらく、今回「週刊東洋経済」でも大きく取り上げていた、30分枠のアニメ1話あたりの制作費の相場(「週刊東洋経済」では、1話約3000万円のモデルケースが掲載されていました)すら、一般の方々では知り得ない情報と言えるくらいです。

今回の「週刊東洋経済」が語るように、平均年種が上がっているのも事実で、「拘束費」が支払われる対象の範囲が広がっているという状況を反映したものであることもあるのでしょう。
ただし、原画の1カット当たりの出来高単価が10年前に比べて2割程度しか上がっていないというのは、アニメの市場規模の拡大幅や、出版社や製作委員会(出資会社たち)の売上を鑑みても、やはり上昇幅が少ない印象です。
さらには、「拘束費」の対象範囲が広がったのも、10年前に中堅以下だった人たちが経験を積んでレベルアップしていったアニメーター層の積み上げによるものであり、アニメ市場の拡大という時勢的状況が後押しになったことを考えると、労働闘争のような労働者が権利を勝ち取った結果ではなく、単に市場原理の結果に過ぎないのではとも捉えられます。

何が言いたいかというと、アニメーターの待遇を憂いた誰かが、労働者を救おうとして給与が上がったわけではないということです。
市場原理では、能力の低いアニメーターに金を投じるメリットを見出せないでしょうから、そこを救い上げようという動きは今後も期待できないのではと思われます。
アニメ業界は、業界全体をまとめたり業界の方向性を決めて牽引するような権力を持った協会的な組織がないので、一部の組織が実情をアンケートなどで調べて発表し啓蒙する程度で、労働者の待遇問題も市場の流れ任せ、人材育成は各社任せで、アニメ業界全体で動くというようなことがなかなか難しい実情があります。

人材育成に投資が出来る余裕を持つ大手の制作会社はこの先も安泰かもしれませんが、ネットで募集したり、伝手を頼ってスカウトするのがやっとの中小クラスの制作会社では、今後大手に優秀な社員や才能ある若者が持っていかれ、ますます人手不足が加速する可能性があります。

また、業界全体にとっても、10年、20年先を考えると、各社で囲う程度の若手育成の範囲では、今後次々に引退していくであろう老齢なアニメーターたちの代わりを担うだけではなく、ますます拡大していくアニメ産業を支えるだけのアニメーター人口を輩出できるのかはかなり疑問です。

「週刊東洋経済」の記事でも、今年4月に設立された「日本アニメフィルム文化連盟」がアニメーターの待遇改善に取り組む動きを取り上げ、最後に「ア二メ業界の持続可能な発展はできるのだろうか」と今風なSDGs的な要素を加味しつつ、疑問を呈する形で締めくくられていました。

これまでの報道のように、一律ではないアニメーターを一括りにして、単に給料を上げたり、待遇改善をするだけでは解決していかない問題のはずです。
労働者の待遇にばかり注目して、最低賃金などの規制を設けると、元々経済基盤の弱い中小の制作会社は、入って来るお金は変わらないのに、払うお金だけ増やされる結果となって潰れてしまう恐れもありますから、制作会社へ依頼する際の制作費から変えていかないといけないでしょう。
しかし市場原理から考えると、依頼する側の製作委員会(出資会社たち)にとってみれば、制作費の高騰はリスクでしかなく、受け入れがたいものかもしれません。
業界の取りまとめがいない閉じた業界で、各社の思惑によって内々で決まってくるような制作費に誰がメスを入れられるでしょう。

たとえ問題意識を持ったとしても、業界全体よりは自社の利益を優先した取り決めが成されるでしょうから、改善があるとすれば、限定的な範囲内においての変化が各所で個別に起こってくるといった形になるかもしれません。
しかし、それが大いに成功した場合、そこは市場原理が上手く働いてみんな真似をし出し、それが業界全体に波及するという好循環が生まれるかもしれないという希望的観測もできないことはありません。

もし外部機関が問題解決に関わるのだとすれば、若手アニメーターの技術レベルを引き上げ、高給を与えるに値する労働者に変えていく教育システムの整備や、携わった作品やその仕事内容からアニメーターの査定を行ったり、有望なフリーのアニメーターが学べる機会を作れるように各制作会社と提携してスタジオに入れる仕事を斡旋したりといった取り組みが必要になってくるかもしれません。

中小の制作会社へは、各アニメ企画に対してクラウドファウンディングの活用や出資、契約、資金繰りの他、資金回収手段の提案などのビジネスのノウハウを提供するコンサル的な補助を行ったり、登録制で査定などを行ってそのポテンシャルを公開した上で、制作会社自体に対する谷町的な後援者やスポンサーを募って健全な経営を行えるようにしたりといった、前例のない新しい取り組みにチャレンジしていく必要もあるでしょう。

総じて言えば、アニメ業界を閉じた世界から開かれた業界に変えていき、外の業界やファンたちをも巻き込んで金と人を上手く回していけるように変革していくことが肝要なのではないかと思われます。


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