東洋経済「アニメ熱狂のカラクリ」号の記事について考えてみた件② AIによるアニメ制作の変化
ネットでも反響の大きかった「アニメ熱狂のカラクリ」と題した「週刊東洋経済」5/27号では、「AIはアニメ制作をどのように変えるか」と題して、AIによってアニメ業界の人材不足問題が緩和される可能性について触れられていました。
「週刊東洋経済」では、アニメ業界の中でも、より人材不足が深刻なのは背景美術職であるとし、東映アニメーションやNetflixなどが、技術会社と共同でAIを使って背景美術を自動生成する技術開発を行っていることを取り上げています。
さらに、このAI技術の導入には、著作権関係やスタッフの反発、さらにはAIに作業が取って替わられることで、若手育成の場が奪われるなどの諸問題を孕んでいることも語られていました。
この記事では、現実に則し、現在起こりつつある変化や問題に着目していますが、筆者はAI技術が与えるアニメ業界の変化について、もう少し先の未来を想像します。
どういうものかと言うと、かつて音楽業界で起こった同じ変化が、いずれアニメ業界にも起こるかもしれないというものです。
音楽業界では、音声合成ソフト「VOCALOID(ボーカロイド)」や作曲ソフトの登場によって、歌が唄えない人や楽器が弾けない、楽譜が読めないといった人でも楽曲を作ってネットに発表できるようになり、そこからメジャーデビューした人気アーティストも数多くいます。
いわゆるボカロ出身アーティストというもので、米津玄師、YOASOBIといった有名アーティストもこれに含まれます。
現状のAI生成技術による制作は、実写画像を自動でアニメタッチに加工処理したり、既存の絵などを取り込んで学習したものから、指示に合った新たな絵を生成したりといったものに過ぎません。
しかしAIの進化のスピードは目まぐるしく、近い将来、世界中のあらゆる絵の技法、アニメの作画法などを学習し、指示次第で、いかなる絵柄も自由に生成できるようになるはずです。
そうなると、音楽業界と同じく、絵が描けないような人でもアニメが作れる時代が来るかもしれないのです。
そんな時代がやって来ることを想定して、その時代のAIを使ったアニメ制作について空想してみます。
まずは登場キャラクターの制作です。
現在でも、ゲームでのプレイヤーキャラクターを、いろんな素材パーツから選んで組み合わせて好みの外見に作り上げるということは行われています。
そこからさらにAI技術が入り込むと、パーツ選択だけではなく、年齢や職業、身長、体格、家族構成やら性格などのプロフィール設定や人物背景などの情報を入力すると、その情報に合わせた容姿に調整してくれたり、「あと20%くらい浜辺美波に似せて」とか細かい指示にまで対応してくれるでしょう。
衣服なども、経済状況とかファッションセンスの指数、あるいは職業や地域性などの設定から自動生成して着せてくれます。
次は舞台設定です。
ファンタジー世界でも良いし、都心の高校、宇宙空間でも何でもできます。
作品内容に合わせ、「爽やかで全体的に色彩強調して」とか「光度も彩度も落として、全体的に鈍い感じで」とか指示を出せば、これもAIが指示通りに調整をしてくれるわけです。
その舞台にキャラクターを表示させて、「キャラAは1m後ろに移動」とか「キャラBとキャラCは手を繋いで歩かせて」とか設定を指示すれば、その通りにキャラクターを配置し、動きも付けてくれます。
演技にしても、顔の表情から身体の動きまで、監督が俳優に演技指導をする要領で、「怒り40%、苛立ち10%、相手を見下し侮蔑する気持ち50%の表情で」とか、「まだ気力は失っていないが、身体がついて行かずに膝から崩れ落ちる」とか指示を出し、キャラクターに演技をつけていきます。
VOCALOIDや音声読み上げソフトがあるので、声を吹き込めるのはもちろんのこと、今後の技術開発によっては、感情表現などもできるようになっていくかもしれません。
声の演技指導も同じく音響監督のように「もう20%早口でまくし立てるように」とか「10m先にいる人に呼び掛けるように」とか指示を出してキャラクターに思い通りのセリフをしゃべらせます。
声質から方言、イントネーションに訛りが混じるといったことも自在に調整できるようになるでしょう。
ちなみに、ここまで全部音声入力です(空想の未来では、すでに音声認識技術もはるかに向上しているはずですから)。
昨今AIの画像生成について取り沙汰されている著作権問題を回避すべく、「過去全ての作品との類似点において、著作権問題が発生しないように調整して」という指示を出せば、これにも対応して特定の作品を模倣したと指摘される可能性のある箇所を修正してくれます。
脚本が苦手な人は、脚本もAIに書かせてしまいましょう。
プロットを作り込み、キャラクターごとに、生い立ちや好みなど細かい人格設計を行い、各々の役割設定などを緻密に行えば、違和感のないセリフを生成してくれるはずです。
かつて新海誠は、監督、脚本、演出、作画、美術、3DCG、撮影、編集、声の出演といった作業をほぼ一人でこなし、自宅のパソコンを使って、非常に完成度の高い25分のフルデジタルアニメーションの短編を作り上げて発表し、世間を驚かせました。
当時は、商業アニメは大勢の人間の分業によって作られるものだという常識を覆したことや、新海誠がアニメ業界未経験の若干26歳だったこともあって大きな話題となっていました。
新海誠の場合は、元々絵が描けた上、前職ではゲームのオープニングムービーの制作も行っていたので、絵や映像の制作技能があったわけです。
ところが、AIはその制約さえも取り払って、誰でも高品質のアニメを制作することを可能にしてしまうかもしれず、そうなった場合、絵が描けないようなニュータイプのアニメクリエイターが世に登場し、プロとして活躍してしまう時代が来ることも考えられるわけです。
そうなると、設定の斬新さやストーリー展開の面白さ、演出の巧みさといった、作画クオリティ以外のところへの注目や評価が高まるようになるかもしれません。
クリエイターはPCのモニターを見ながら、言葉で指示を出すだけで、AIが全部作画をしてくれるわけですから、求められるのは、作画技術ではなく、設定やストーリーの発想力や演出能力、魅力的でリアルなキャラクターを作り上げる人物造形力、AIに思い通りのクリエーションをさせる指示能力といったものになろうかと思われます。
通常であれば、アニメの作画から入って様々な作品に携わる内に演出もするようになったり、演出助手などで監督の演出を学んだりしてアニメ監督へとなっていくものが、いきなりアニメ監督からデビューするようなクリエイターが登場してくるわけですから、時代は大きく変わるでしょう。
アニメを制作するのにも、パソコンとAIソフトがあれば良いだけなので、安価に長編アニメーションが作れるようなりますから、アニメ業界を取り巻く経済状況も大きく変化していくことになります。
ネットに公開したアニメがバズった学生クリエイターが大手会社にスカウトされて大金を手にしたり、同人誌即売会で同人アニメを作って稼ぐ猛者も現れることでしょう。
小学生が作ったアニメが、大人も参加するコンテストで優勝するなんてこともありそうです。
クリエイター人口が爆発的に増え、多くの名作と駄作が大量に生み出されることで、一生かかっても見足りないくらいの作品が世に溢れ、時に懐古主義が興って昭和・平成アニメがもてはやされたり、過去に例を見ない全く新しいアニメ技法が生み出されたり、カンブリア大爆発のような多様化と進化の超加速時代が訪れるかもしれません。
そんな時代が来たら、作画をするアニメーターが絶滅してしまうのか、というと、それはそれとして残り、多様性という意味でも、手で描く作画でしか作り得ないようなものを生み出すように別の進化を見せることになるものと期待しています。
それが10年後なのか、20年後なのか、あるいはもっと早くに訪れるものか定かではありませんが、きっとそんな時代がやって来るものと想像します。
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