牧野富太郎から見るオタクがものを楽しむメカニズムの件 前編

前回は、NHK連続テレビ小説『まんたん』のモデルとなって注目の集まる牧野富太郎が目指した、「社会知」としての日本の植物図鑑=データベースについて取り上げました。
今回は、その偉業の厳選となった牧野富太郎の植物研究に対する情熱に注目したいと思います。

現代的に言うと、牧野富太郎はいわゆる「植物オタク」です。
オタクは、アニオタ(アニメオタク)、ゲーオタ(ゲームオタク)、ドルオタ(アイドルオタク)、鉄道ファン(鉄道オタク)、ミリオタ(軍事オタク)、SFオタク、映画マニア、歴史オタク、魚オタクといった具合に、その嗜好ジャンルはサブカル系に留まらず多岐にわたります。

同じような言葉で「ファン」や「マニア」などといったものもあり、一部では混同して使われていたりもします。
「オタク」という呼称は、一時はマイナスイメージが付与されて不遇な時代もありましたが、その後イメージが好転し、アニメやマンガなどのサブカルを愛好する人たちの裾野が広がると、それらに詳しい人を指す言葉へと変化していきました。
現在では単なる「アニメ好き」「ゲーム好き」といった愛好家を指す「ファン」や「マニア」の域を超え、膨大な知識量を有し、対象に対する独自の見解や分析力を持つそのジャンルの伝導者に与えられる尊称となっているのです。
図式にすると、オタク>マニア>ファンといった感じです。

では、そうしたオタクたちが見ている世界とはいかなるものなのか。

同じサッカーの試合を見ても、サッカーを知らない人が見るのと、サッカーに詳しい人が見るのとでは楽しさの度合いが異なります。
それは、詳しい人の頭には、ルールやテクニックは勿論のこと、各選手の名前を知り、その能力値などのデータが入っているから、今目の前で展開されているプレーがどの程度の難易度のものかが理解できるため、それが平凡なものなのか、なかなか起こり得ない奇跡的なプレーなのかの判断ができるわけです。

例えば、詳しくない人が見ている世界では、Aチームがアグレッシブで得点を重ねてBチームに勝利した、という程度にしか映らない試合だったとします。
その同じ試合を、詳しい人にとっては、格下で連敗中のAチームが格上のBチームに挑んだ試合で、Bチームは主力選手を次試合のために温存していたこともあって、前半で得点を重ねられ、後半は巻き返しを図るために主力選手を数名導入。Aチームはそれまで一度も見せたことがなかった5-4-1を選択。新たに入った主力選手を徹底してマークした上、左右サイドへのパスを防ぐ5バックの徹底した守備で、敵は単独で無理やりゴールを狙うしかなく、こぼれ球を奪うと奇襲攻撃とも言える速攻でゴールを狙う戦術がハマり、ジャイアントキリングを成し遂げた、といった具合に見えている情報量が各段に違ってくるわけです。

さらに決勝ゴールを決めた選手は、実は昨年まで怪我に苦しみ、年齢的なものもあって世間では引退するのではと噂されていた程でしたが、この試合が復帰第1戦で、見事に復活した姿を見せてくれたといったような試合外の選手のストーリーを知っていると、このゴールがより感動的に映ることでしょう。
逆にそれを知らない人にとっては、単に選手の一人が運良くパスを受けて決勝ゴールを決めたくらいにしか感じないかもしれません。

つまり、知識が見えるものを劇的に変えるわけです。
音楽やドラマやお笑いなど、知識がなくとも感覚値だけで面白い面白くないが判断でき、それなりに楽しめるものもあるので、それで満足できる人にとっては余計なお世話かもしれません。
しかし、知識を得ることで楽しさを倍増させることを知っている人は、同じものを見ても、知識のない人よりも楽しめるわけですから、その分得をしているとも言えるでしょう。
オタクというのは、その楽しみ方のスペシャリストで、ものごとを楽しむ術を誰よりも心得ているのです。

学校教育の弊害で、知識を得る=学習は辛くて苦しいものだと刷り込まれている人にとっては、逆に楽しさを阻害するものと捉えてしまうかもしれませんが、それは実にもったいないことのように思われます。


次回に続く。

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