PRアニメが持っている構造的欠陥② 『邪神ちゃんドロップキックX』の富良野市問題について

アニメの未来を考える

今年の7~9月に放送された『邪神ちゃんドロップキックX』※は、北海道の帯広市、釧路市、富良野市、長崎県南島原市とコラボし、各市をPRするために各市内の名所などを舞台にしたエピソードを制作する代わりに、ふるさと納税を使って製作費を募り、第6~9話で各話ごとに4市それぞれをPRする内容のエピソードが描かれました。

ところが先日、富良野市議会の決算審査特別委員会において、アニメの内容(借金を臓器売買で支払おうとするなど)が不適切で富良野市のイメージを損なうものだとして、富良野編の制作委託費3300万円を盛り込んだ2021年度一般会計決算を不認定としたことが報道されました。
富良野市では、制作費を募ったふるさと納税で、約6700万円が集まり、制作費を超えて集まった分は観光予算に回しているとのこと。

この事態に、『邪神ちゃんドロップキック』の公式YouTubeチャンネルでは問題となった富良野編を無料公開し、公式TwitterとGoogleフォームにて、このアニメで富良野市へのイメージが上がったかどうかのアンケートを実施しました。

その結果、アンケート開始わずか1日でで、有効回答106,635が寄せられ、約10万人が「イメージが上がった」と回答。
この流れ、『邪神ちゃんドロップキック』側の対応力は抜群ですね。

この結果は、本当に富良野市のイメージが上がったという結果と見るよりは、富良野市議会の決定に対して反対し、『邪神ちゃんドロップキック』側に同情する、あるいは支持する気持ちの表れと見る方が正しいでしょう。
ということはつまり、『邪神ちゃんドロップキック』が富良野市のイメージを損なったというよりも、むしろ決算を不認定とした市議会によって、富良野市のイメージが損なわれたといっても過言ではないでしょう。

これをもってお役所を一括りにして避難をするつもりはなく、そもそも『邪神ちゃんドロップキック』に好意的で、この作品に自分たちの市のPRをしてもらおうと動いた職員がいたことは事実ですし、審査の採決では、認定と不認定が7対7の同数で委員長が反対に回ったことで不認定となったとのことなので、賛成派もいたわけです。

問題は、声の大きな一部の人たちの意見が通りがちなことで、批判や炎上を怖れて無難なことしかしなくなった番組が面白くなくなるのと同じで、PRアニメも製作の段階でこうした横槍が入ると、無難なものが出来上がってつまらなくなる可能性が非常に高いのです。
実際に横槍が入らなかったとしても、今回のような後からクレームが入ることを怖れ、自ら忖度することも考えられます。
そうして出来上がるPRアニメは、問題点はないが、何もひっかかるものもない平凡なものになってしまうわけです。

『邪神ちゃんドロップキックX』の場合は、そういう傾向のアニメであることは初めからわかっていたことなので、企画の担当職員たちは全部承知の上で進めたわけですし、作品を知らなかった市議会の人たちが、ここへ来て急に反対し出したことは、担当職員やアニメ制作会社にとっても予想外の展開だったはずです。
では、事前に脚本や絵コンテの監修をしてもらって、市議会の人たちが納得するように進めていたとしたらどうでしょう。おそらく『邪神ちゃんドロップキック』の良さは全部削られてしまい、見るも無残な結果が残った可能性が高いでしょう。

こうした問題は、アニメというメディアジャンルに対する理解が深まることで解決していく可能性もあるでしょう。
アニメに理解のある世代への交代を待つのはあまりに時間がかかり過ぎるので、やはり啓蒙活動が必要なのかもしれません。アニメに詳しい職員などが、議員に対してアニメ啓蒙のためのロビー活動をしていくようになってくれればと期待したいところです。

<続報>
一般会計決算に計上されていた『邪神ちゃんドロップキック』富良野騒動編の制作委託費が、市議会で不認定となった件について、2022年11月30日の本会議では、一転して認定を受けたとのことです。


※『邪神ちゃんドロップキック』は、秋葉原を舞台にしたコメディマンガを原作とするテレビアニメで、女子大生の花園ゆりねに召喚された悪魔の邪神ちゃんが、卑怯卑劣な上、弱い者には尊大な態度で接し、強い者には媚びへつらい、欲望に忠実で、ギャンブル依存のために友人に金をたかるなど、いわゆるクズな性格で、ゆりねに挑んでは毎回返り討ちに合い、チェーンソーで体を切断されたり、串刺しやミンチにされたりと過激な制裁を受けている(不死身に近い再生能力で死ぬことはない)といった内容。
第2期放送終了後、邪神ちゃん役の声優・鈴木愛奈が北海道の千歳市出身であることから、千歳市が市をPRする内容の『邪神ちゃんドロップキック』のエピソードを制作してもらうことを企画し、ふるさと納税でアニメの製作費2000万円を募集(返礼品はエピソード収録のBlu-ray)。
結果的に寄付金額は1億8438万円に達したため、無事アニメが制作され、余った寄付金は観光予算に回されることになりました。