ミッキーマウスの著作権が2024年1月1日に切れる件
アメリカには、「ミッキーマウス保護法」あるいは「ミッキーマウス延命法」と呼ばれている法律があります。
これは正式な法律名ではなく、本当の名前は「著作権延長法」といいます。
1988年10月に制定・発効された法律で、内容は、1977年までに発表された著作物の法人著作権の満了を、発行後75年から95年に延長するというものでした。
これは、巷ではディズニーの看板キャラクターであるミッキーマウスの著作権を延命させるための法律だと噂されています。
これまでもアメリカの著作権法は改正を繰り返しています。
1790年:著作権制定法
アメリカで初めて制定された著作権法では、著作権の保護期間は14年間でした(著者が生存している場合には、14年間の更新期間を追加申請可能)。さらに全て保護されるわけではなく、著作権登録をしたもののみに適用されるというものでした。
1831年:著作権制定法
著作権保護期間は14年間から28年に延長(更新期間の14年を加えると最大42年)
1909年:著作権改正法
更新期間の14年が28年に延長され、著作権保護期間は最大56年となります。
この著作権法に従えば、1928年11月18日に短編アニメーション映画『蒸気船ウィリー』でスクリーンデビューしたミッキーマウスの著作権は、1984年に失効してパブリックドメインとなり、著作者以外でもミッキーマウスを利用できるようになってしまうことになるので、ディズニーにとっては一大事です。
そのため、ディズニーは著作権保護期間の延長を求めてロビー活動を行ったと言われています。
これは、ロビー活動ゆえになかなかその内容は表に出てこないので、真偽の程は不明ながら、利害関係やタイミング、さらには、その結果としての改正の恩恵がディズニーにとっての利益と合致し過ぎていることなどの状況証拠から、単なる噂以上の信憑性が感じられます※1。
1976年:著作権改正法
ロビー活動が実を結んだ結果なのか、著作権保護期間は最大75年に延長され(これに加え、著作者の死後から50年という)、見事ミッキーマウスの著作権の保護期間は2003年まで引き延ばされたわけです。
1998年:ソニー・ボノ著作権延長法
1976年の改正法で延長された期限が近づくと再びロビー活動が行われ、その結果、1998年には、著作権保護期間は最大95年にまで延長され、ミッキーマウスの著作権が2023年まで伸びました。
この1998年の著作権延長法は、ミッキーマウスの著作権保護期間が切れそうになる度に延長されてきた過去の例があることから、皮肉を込めて「ミッキーマウス保護法」あるいは「ミッキーマウス延命法」と揶揄されることになりました。
しかしその2023年も今日で最後。2024年1月1日に、ついにパブリックドメインとなるのです。
日本の法律ではミッキーの著作権が切れているのかどうかが不明
日本では、1899年に初めて著作権法が導入された当時の著作権保護期間は、著作者の生存期間および死後30年でした。1970年の著作権法全面改正により死後50年までに延長され、2004年には映画の著作物に限り、公表後ないし創作後70年までに保護期間が延長。2018年には映画の著作物以外についても著作者の死後70年までに延長され現在に至ります。
日本の場合は、ディズニー社自体が、著作権に関する方針や見解について公表しない方針らしく、この件について追及し、結論づけるような見解に至った者もいないので、実は日本におけるミッキーの著作権については、正直グレーのままで白黒ついていないのです。
例えば、ミッキーマウスを映画の著作物の一部だと解釈し、著作権をディズニー社という団体名義で保有しているとすれば、公開後50年と戦時加算10年強を含めても、1989年には『蒸気船ウィリー』の著作権保護期限が過ぎていることになります※2。
さらに、著作者をウォルト・ディズニー(1966年没)とするか、アブ・アイワークス(1971年没)※3とするか(あるいは共著)でも期限が2015年、2020年と変わってきます。
また、ミッキーマウスをアート作品(美術の著作物)と解釈すれば、著作者の死後70年が適用されるので、戦時加算10年強を含めれば、最大で2052年にまで延びてしまいます。
つまり、日本の法律では解釈によって大きく期限の差が出てしまう上、当のディズニーが著作権についての見解を公表しないために、著作権が切れているのかどうか判断がつかないわけです。
パブリックドメインになるとどうなるのか?
今回著作権が失効するのは、『蒸気船ウィリー』であり、この作品に登場するオリジナル版(モノクロ)のミニーマウスとミッキーマウスだけで、1935年に公開された初のカラー作品『ミッキーの大演奏会』以降の作品の著作権は保護されたままです。
ディズニー作品でよく知られるピーターパン、バンビ、人魚姫、白雪姫、シンデレラは、ディズニーオリジナルの作品及びキャラクターではないので、すでにパブリックドメインとなっています(映画化の際にはディズニーは映画化権を取得して製作を行っています)。
勘違いしがちなのは、パブリックドメインになったらコンテンツを自由に利用できると思ってしまうことです。
これは、フリー素材やロイヤリティフリー、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスと混同しているのかもしれません。
フリー素材は、著作権者自身が広く使用を許諾しているものです(商用禁止などルールは様々ですが)。
ロイヤリティフリーというのは、一度購入したものは、決められた使用許諾範囲内であれば追加の使用料なしで何度でも使用できるというものです。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは、著作物の再利用推進を目的に、6種の規定を設けているものです。
具体的には、①表示(作者や作品名といったクレジットの記載のみで使用・改変なども自由)、②表示・継承(改変後も元のままのクレジットを記載)、③表示・改変禁止(クレジット記載+改変不可)、④表示・非営利(クレジット記載+非営利目的のみ使用可)、⑤表示・非営利・継承(クレジット記載+非営利目的+改変後も元のままのクレジットを記載)、⑥表示・非営利・改変禁止(クレジット記載+非営利目的+改変不可)の6種です。
著作権保護期間が切れたことで、フリー素材などのように、自由に作品やキャラクターを使用できると思われがちですが、実際には作品やキャラクターは著作権の他に、商標権というものでも保護されています。
商標権は更新手続きをし続ける限り永続的に保護される権利ですから、今後もディズニー以外がミッキーとミニーのキャラクター商品を勝手に製造・販売できるようにはなりません。
ミッキーマウスの著作権保護期間が切れたら、実際にはどんなことが起こるかというのは、すでに保護期間が切れたキャラクターの先例を見るのが手っ取り早いでしょう。
1926年に発表されたA・A・ミルンの児童小説『クマのプーさん(Winnie-The-Pooh)』は、2021年までで著作権保護期間が切れ、パブリックドメインとなった結果、この児童文学を恐怖と殺戮の物語にアレンジしたホラー映画『プー あくまのくまさん』が制作・公開され、世間で話題となりました。
『クマのプーさん』の場合は、ディズニーが映像化権、商標使用権を獲得して製作し、1966年から公開しているアニメ『くまのプーさん(Winnie The Pooh)』シリーズの著作権保護期間は切れていないので、この作品で新たに加えられた赤いベストなどの要素は使えません。あくまで原作のみに出てくる要素を使って二次製作物を作ることができるというわけです。
ミッキーマウスの場合も、『蒸気船ウィリー』のキャプチャ画像を使用することはOKですし、映画自体をDVDやBlu-ray Discにして販売することも可能で、この作品のみの要素を使ってアレンジ作品などの二次創作を行うことはできます。
このことを見越してなのかどうかはわからないものの、YouTubeのWalt Disney Animation Studiosの公式チャンネルでは14 年前に『蒸気船ウィリー』を公開している上、そもそも8分弱の短編アニメーションをソフト化しても商売になるのか微妙なところでしょう。
二次創作にしても、実際には商標権などの絡みもあり、完全にセーフなラインを探りながら創作を行うのは、なかなかに難しそうです。
2024年を迎えたミッキーに果たしてどんな状況が発生するのか、今後の展開を注目していきたいと思います。
※1 著作権保護期間の延長は、ディズニーにとっては非常に恩恵を受ける法律となりますが、その他の作品にとっては必ずしも有益とならないケースもあります。
著作者の死亡後やおよび法人・任意団体の解散後、年月が経過してしまって遺族あるいは権利譲渡を受けた団体の所在が分からなくなってしまったような作品は、パブリックドメインに帰属しているかどうかの判別がつきません(1920年代の作品にはこうしたものが多数あるそうです)。
こうした作品は、未来に作品を残すアーカイブ事業において、著作権保護期間内であった場合には著作権に抵触する恐れがあることから、保存作業を進められない状態になってしまいます。
著作権保護期間が延長されると、こうした作品が増えることになり、手をこまねいている間に記憶媒体の劣化が進んで永久に作品が失われる可能性が高まることから、アーカイブ事業における非常に重大な問題となっているわけです。
※2 2004年に映画の著作物に限り、公表後ないし創作後50年から70年までに保護期間が延長されましたが、2003年12月31日に著作権が終了した作品については、2004年1月1日施行の改正法は適用されないという最高裁判所の判決があることから、1928年公開の『蒸気船ウィリー』の著作権保護期間は1978年までという計算になります。
ただし、平和条約上の義務によって、第二次世界大戦前の米国作品の場合は保護期間が10年5ヶ月プラスされるので、これを考慮すると、1989年5月までということになります。
※3 アブ・アイワークスは、ウォルト・ディズニーと共にアニメスタジオを設立したアニメーターで、ミッキーマウスもウォルトとアブの2人で考案したキャラクターでした。