小林七郎の訃報と画像生成AIによる背景美術制作を考えてみた件
アニメ美術監督の小林七郎(89歳)が2022年8月25日に死去されたニュースが9月10日に各メディアによって伝えられました。
小林七郎と言えば、自身が代表作として挙げるように、『ガンバの冒険』、『家なき子』『宝島』、『エースをねらえ!』、『SPACE ADVENTURE コブラ』といった出崎統監督作品が真っ先に思い浮かびますが、他にも、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』、押井守監督の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』や『天使のたまご』といった有名監督の下でも美術監督を担当し、『少女革命ウテナ』や『剣風伝奇ベルセルク』、『のだめカンタービレ』といった若者向けの深夜アニメ系作品も担当しており、作品数を挙げたらキリがない程です。
個人的に非常に印象的だったのは、『ガンバの冒険』のエンディングで、歌とも相まって子供向けアニメとは思われない何とも心に響く作画で今でも記憶から消えません。本編でのノロイの美術も子供心に本当に恐ろしく、トラウマ級の恐怖を与えてくれました。
最近は画像生成AIが世間を騒がせている件もあって、この小林七郎というアニメ美術の巨匠の訃報は、タイミング的なものも含めて、時代の変化を象徴づけるかのような何かを感じるものがありました。
テレビで取り上げられることが少ない方なので、2005年に放送された『BSアニメ夜話』の『劇場版エースをねらえ!』回で、ゲスト出演していたのが印象的でした。
ここで小林七郎は、背景美術にも心理や主観を反映させるべく膨大な演出指示を加えてくる出崎統のような監督は他にいないと評しています。
小林七郎は各種のインタビューで、物を正確に写し取るのではなく、まったく新しいものを生み出すことにこそやりがいを感じると語っているので、背景美術に意味を持たせるだけにとどまらず、心理描写の表現の一つとして、背景美術にすら演技をさせてしまう出崎統とは、名コンビとしてさぞかし相性が良かったことでしょう。
近年のアニメは、背景を写真から起こしたり、正確で緻密な描写を好む傾向が強く、心理描写や演出よりも、状況説明や場面設定のための舞台美術に過ぎない扱われ方が多いので、小林七郎のような美術監督には、物足りない時代になったと感じていたかもしれません。
新海誠や細田守がといった有名監督が手掛ける劇場版作品は別としても、日々大量生産される深夜アニメなどでは、背景美術に創作性は求められず、より正確で緻密な描写をスピーディーに仕上げることの方が重要です。
そんな制作方針においては、画像生成AIを含むAI描画ツールは非常に相性が良く、数年で全てが入れ替わる程の即時性はないにしても、今後10年以内には、多くの現場で、AI描画ツールを使った作画手法が入り込んでくることは間違いないでしょう。
世間では、画像生成AIのせいでイラストレターやアニメーターが職を失うという話題が盛り上がっていますが、この状況は、かつて写真技術が普及し始め、画家は職を失うと騒がれた19世紀と非情によく似ています。
結果としては、多くの画家が写真家として活動するようになり、写真家に転向しなかった画家たちの方も、写実的な絵から脱却して印象派のような活動を始めました。
画像生成AIについても、中小クラスの一部は職を失うかもしれませんが、多くのイラストレターやアニメーターはツールの使い手となって上手く順応し、生き残っていくことでしょう。
また、19世紀に印象派が生まれたように、画像生成AIでは作れないような新しい作風を打ち出す作家たちが登場してくるかもしれません。
昨年、東映アニメーションが、AI技術を活用してアニメ制作を効率化する実験を行ったことが報じされていました。
実写の風景写真を背景美術制作支援ツールによってアニメ用の背景美術に自動変換するというもので、美術スタッフの負担削減を目的とするものとのことでしたが、すでにこうした動きが実際にあるわけです。
現状で実際の現場にどれ程反映されているか、続報がないので不明ではなりますが、背景が単なる自動生成で作成された大量生産品に落ちてしまうことに懸念を持ちつつも、同時に、原作をなぞるだけのような形で大量生産される深夜アニメの背景なんてものはその程度のもので充分で、そのおかげで優秀な背景美術スタッフが、より高クオリティを求める劇場版作品などの現場に供されると考えると、それはそれでアリなのではとも思えてしまいます。
より重度の高い懸念点としては、このような自動生成による描画が普及した結果、背景美術を志す新人が、習熟や研鑽の場を失って、優秀な美術スタッフが生まれ難くなるのではということがありますが、この点は、大量生産系アニメの現場では無理だと諦め、豊富な資金をかけて劇場版作品だけを手掛けるような現場で鍛えてもらうしか方法がないとも思われます。
そうなると、大量生産系アニメと、時間とお金をかける作品性重視の劇場版アニメとの二極化が、今後ますます顕著になっていくかもしれません。