打切アニメ列伝⑥  日本アニメ史上最短で打ち切り『手塚治虫のドン・ドラキュラ』

『手塚治虫のドン・ドラキュラ』
1982年4月5日~1982年4月26日/テレビ東京/全4話
作者:手塚治虫/監督:落合正宗/脚本 :小山高男/制作:じんプロダクション

原作は、手塚治虫が秋田書店のマンガ誌「週刊少年チャンピオン」1979年22号~50号に連載し、単行本3巻が発売されている作品で、ドラキュラ伯爵を主人公にしたコメディものです。
プライドが高く頑固で短気な上、お人よしでドジな面も持つ吸血鬼の名門ドラキュラ家の伯爵が、現代の日本※で、血を吸おうとして失敗したり、娘のわがままに振り回されたり、伯爵を狙うヘルシング教授との戦ったりと、ギャグコメディやドタバタ劇が展開されます。

手塚治虫が立ち上げたアニメ制作会社の虫プロダクションが1973年に倒産して以降、本来はマンガ制作・管理のために設立した別会社の手塚プロダクションでもアニメ制作を手掛けるようになるのですが、この頃はまだ『鉄腕アトム(第2作)』が放送されたばかりで、複数の作品を同時進行で制作する程の体制はありませんでしたから、特撮人形劇の『Xボンバー』やアニメ『科学救助隊テクノボイジャー』などを手掛けたじんプロダクションの制作となっています。

脚本担当の小山高生氏の証言によると、番組製作を担当していた広告代理店の三京企画が4月末締切りの5月分の電波料をテレビ東京へ支払うことができず、5月末まで延ばしてほしいと交渉するも認められず、第5話以降の放送打ち切りが決定してしまったそうです。打ち切りになったことは小山氏にすら知らされておらず、テレビで第5話の放送が『けろっこデメタン』の再放送に差し変わっていてびっくりしたとのことです※。
打ち切りの時点でフィルムは第8話まで、脚本は第21話まで完成しており、テレビ新広島などのローカル局で第8話まで放送されたところもありました。
単純に番組がオンエアされなかっただけではなく、三京企画とじんプロダクションは倒産してしまい、不当たり手形が出たため、多くのスタッフに被害が生じ、制作協力の(実制作を担っていた)グリーン・ビックはこのために解散の憂き目に遭っています。

YouTubeの手塚プロダクション公式チャンネルで、全8話が配信されたことから、作品の権利は制作会社倒産後に、手塚プロダクションが引き取った(あるいは買い上げた)ものと思われます。

小山氏も、受け取っていた5本分の脚本料の手形が不渡りになってしまうのですが、お金のことよりも、苦労して書き上げた脚本が日の目を見ることなくお蔵入りになってしまった衝撃で、1ヶ月間仕事が手に付かなったそうですが、本作品を担当した落合正宗監督が小山氏に借りを作ってしまったと言って東映のプロデューサーを紹介し、『Dr.スランプ アラレちゃん』(1981年4月~1986年2月)に途中参加させてもらえることになったそうです。その5年後、後番組となる『ドラゴンボール』に『Dr.スランプ アラレちゃん』の脚本家たちがそのまま引き継がれることになったため、超人気作品である『ドラゴンボール』の脚本を担当できたことを、『手塚治虫のドン・ドラキュラ』が打ち切りにならなければ起こらなかったこととして、幸運だったと振り返っています。

現在のアニメは、その多くが少年少女を主人公にしたものばかりですが、当時もやはり少年少女を主人公にしたものが多く、『天才バカボン』のバカボンのパパや、『空手バカ一代』の飛鳥拳、『ダメおやじ』の雨野ダメ助といった例はあるものの、中年おやじが主人公というのは珍しい部類に入ります。
そんな中年おやじである主人公のドン・ドラキュラ伯爵を演じるのは、『Dr.スランプ アラレちゃん』の則巻センベエや『北斗の拳』のラオウなどで知られる今は亡き内海賢二。この作品では、なんとオープニング曲まで歌っています。

現在では吸血鬼を扱った作品がコメディものや新解釈したドラマ性の高いものまで多岐にわたって作られていますが、当時としては、古典的な吸血鬼をコメディタッチで描くアイデアは斬新で、そこはさすが手塚治虫といった作品となっています。
少年・幼年誌での人気が低迷していた手塚治虫が『ブラック・ジャック』で見事に復活を遂げ、『ブラック・ジャック』をはじめとする6作品の同時連載を抱えるなど多忙を極め、マンガ文庫ブームで手塚作品が次々と再刊されたり、『手塚治虫漫画全集』が刊行されたりと、「マンガの神様」という評価が不動のものになっていた時代にあって、あとがきに「こんなに描いていてたのしい作品はありませんでした。」と記す程に本人がノリノリで描いた作品だったようです。
鉄腕アトム』や『火の鳥』、『ブラック・ジャック』といったテーマ性の高い作品のイメージの強い手塚治虫作品にあって、そうしたテーマ性のない純粋なコメディとして作られた、気楽に楽しめる作品となっています。


※アニメーターの北久保弘之はTwitterで、「業界に入ってるとその手の話はすぐに廻るモンだ」として、「ドン・ドラキュラのPDが制作費持ち逃げ」の話を紹介しています。

※ドン・ドラキュラ伯爵の屋敷は、虫プロがあったりと手塚治虫との縁が深い東京都練馬区にある設定となっており、作中でも「練馬の屋敷」と言われていました。