2024年2月1日は笑い男事件が起きた日
2024年2月1日はテレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の作中で描かれた「笑い男事件」が起きた日です。
2月1日という日付が一緒の記念日というのではなく、今年の2月3日の出来事として作中で描かれている事件なのです。
1984年公開の映画『ターミネーター』でアメリカの戦略防衛コンピュータシステム「スカイネット」が自我に目覚めて人類に対して核攻撃を始めた1997年8月29日や、1989年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』でマーフィたちが30年後の未来にタイムトラベルをした2015年10月21日が起こった日、さらには『鉄腕アトム』でアトムが誕生した2003年4月7日など、フィクションで描かれた未来の日が実際にやってきた際には、世間でも話題となったので、これらを覚えている人もいるでしょう。
「笑い男事件」は、これらに比べれば、やや一般認知度は低いかもしれませんが、アニメファンやSFファンの間では知らぬ者がいないくらいの有名事件です。
『攻殻機動隊』を知らない人のために説明すると、作品の世界観として重要な要素に「電脳」というものがあります。
『攻殻機動隊』の世界では、人間の脳に直接注入したマイクロマシンと神経細胞を結合させ、マイクロマシン経由で脳を外部世界と直接接続させる技術を「電脳」と呼称し、広く普及しています。
簡単に言えば、脳に機械を埋め込んでインターネットに接続できるようにしたようなものですが、作中ではほとんどの人間が電脳化していることになっており、他にも、脳のみを残した全身義体のサイボーグや、人工知能を搭載したアンドロイドなどが珍しくないSF作品となっているのですが、現実世界では、そのどれもがまだまだ研究段階の技術です。
この「笑い男事件」というのは、士郎正宗の原作マンガ『攻殻機動隊』ではなく、2002~2003年に衛星放送のスカパーで放送されたテレビシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で描かれた事件です。
原作では、主人公・草薙素子が人形遣いと出会って失踪するまでの事件を中心にしたストーリーとなっていますが、『攻殻機動隊SAC』では、人形遣いが登場せず、草薙素子が公安9課に残っていたらというパラレルワールド設定で、公安9課自体を主役としたオリジナルストーリーが展開されています。
その『攻殻機動隊SAC』第1シリーズの中核を成しているのが、この「笑い男事件」(正式名称は「広域重要081号事件」)でした。
全26話で1話完結型のエピソードが描かれる形ですが、各話で公安9課が解決にあたる様々な事件と、後の「笑い男事件」事件に繋がる出来事が並走して描かれ、終盤になるに連れて「笑い男事件」の存在感が増していく構造になっているのです。
「笑い男事件」が最初に出てくるのは第4話で、作中でのリアルタイムは、2030年6月。
公安9課のトグサのもとに新浜県警特別捜査本部所属の元同僚から6年前に発生した「笑い男事件」を話題に上げ、本庁上層部に不審な動きがあるとの連絡があった直後、その同僚は交通事故により不審死。
これを荒巻課長と上司である草薙素子に報告したところから、この事件が描かれ始めます。
この時点で、「笑い男事件」は過去の出来事であり、素子が6年も経った今でも特別捜査本部が解散していなかったことに驚いている様子で、注目に値する程の事件ではないといった印象でした。
ところがその後、新浜県警特別捜査本部※1の視聴覚デバイス不正使用疑惑※2で、「笑い男事件」当時に県警本部長だった警視総監自ら行った記者会見で、6年ぶりに笑い男が出現。
笑い男は、会見を放送する全てのテレビ局をハッキングし、会見に同席していた刑事部長の顔に笑い男マークを表示させると、電脳をハッキングした刑事部長を操り、警視総監に語りかけ、真実を話すように脅迫します。
ここまでが第4話。
続く第5話では、この記者会見でのハッキング事件を受け、捜査に乗り出す公安9課が描かれます。
その中で描かれたのが6年前に発生した「笑い男事件」の詳細というわけです。
事件の始まりは2024年2月1日に起きたマイクロマシンの新興メーカーであるセラノ・ゲノミクス社のアーネスト・瀬良野社長誘拐事件。
報道管制により事件が表沙汰にならない中、2月3日の朝のニュース番組内で、天気予報のテレビ生中継中※3、誘拐事件の犯人と思われる男がアーネスト社長を伴って現れ、拳銃を突き付けて真実を公表するよう脅す出来事が発生。アーネスト社長は犯人の要求を拒否し、犯人は逃走。
事件は生中継中のテレビカメラの前で起き、逃走経路にも多数の通行人や監視カメラがあったものの、中継カメラや監視カメラはおろか、テレビスタッフや多くの目撃者たちの目にもリアルタイムに笑い男マークを上書きしており、多数の人間が犯人を目撃していたにも関わらず、男の顔を見たのは電脳化をしていなかった浮浪者2名のみ※4。
世間が事件を認識したのは、この2月3日のメディア露出がきっかけで、誘拐や生中継中の脅迫などのアナクロな手口と、それに似つかわしくない特A級のハッキング技術、さらには事件とはアンバランスなポップなマークなどが話題となって連日マスコミで取り上げられ、マークのデザインから「笑い男」と呼ばれるようになります。
この2月3日の事件以降、犯人は公の場に姿を現すことを避け、自ら「笑い男」を名乗ってマイクロマシンの製造ラインに致死性のウイルスプログラムを混入すると脅迫。主力商品であった医療用マイクロマシンを販売停止に追いこまれたセラノ社の株は暴落し、同様の手口で他のマイクロマシンメーカー6社にも脅迫を行いました。
これに対し、政府は被害を受けたメーカーに公的資金導入を決定し、以降は笑い男の活動が消え、一連の事件は収束に向かうも、犯人特定に至らず事件は迷宮入りとなってしまいます。
これが2024年2月1日から約3か月間に起きた1度目の「笑い男事件」の顛末です。
この社長が誘拐されたセラノ社というのは、6年後に起こった不正使用疑惑の視聴覚デバイスを製造しているメーカーで、記者会見での「笑い男」の再登場から、警視総監殺害未遂事件、「笑い男」の模倣犯の出現などへ発展しつつ、別のエピソードと並走する形で断続的に事件が続き、シリーズ終盤では第20話以降、「笑い男事件」を中心にしたストーリーが展開されてクライマックスを迎えることになります。
この事件で公安9課は解体されることになり、次回作となる『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』で公安9課の復活へと続くのですが、「笑い男事件」の真相や物語の展開は、実際に作品を見て確かめていただきたいと思います。
現実世界では、2月1日に「笑い男ポータルサイト」が公式に開設され、2024年バージョンの「笑い男事件」ロゴを無料配布の上、個人利用の範囲で自由に使用してほしいと呼びかけています。
https://thelaughingman2024.jp/
講談社が運営するYouTubeチャンネル「フル☆アニメTV」では、『攻殻機動隊SAC』で描かれた「笑い男事件」を中心に新作カットや新規アフレコを追加した総集編『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX The Laughing Man』を2月1~3日に特別無料公開。
さらには、『攻殻機動隊』の公式サイトのメインビジュアルから、Production I.Gやヤングマガジンの公式サイトの攻殻機動隊ページ、講談社の社長の顔までもが笑い男マークに乗っ取られていたりと、「笑い男記念日」という位置づけでエイプリルフールかのような仕掛けが展開され、TikTokなどでも笑い男マークを顔につけた動画が多数投稿されており、さながらお祭り状態です。
数日前の1月28日には、『攻殻機動隊』の公式Xアカウント乗っ取り事件が発生し、ファンの間では、これもプロモーションの一環なのではとの憶測も流れたのですが、これはリアルな事件だったようです。
あるいは、「笑い男事件」にかこつけて、作品ファンのリアルなハッカーが仕掛けたとも考えられ、不謹慎ながら面白さを感じてしまうところです。
『攻殻機動隊』は、士郎正宗による原作マンガが、1989年5月に講談社の「ヤングマガジン」増刊号(ヤングマガジン海賊版)にて掲載されたのが初出ですから、すでに誕生から30年以上が経っています。
1995年に押井守が初めて映像化してから、劇場版、テレビアニメ、WEBアニメを含め、アニメシリーズは16作品にも及び、国内のみならず、海外でも高い人気を誇る作品です。
さらにこの作品は、多くの科学研究者にとっても、科学発展の先にある未来像を示す教科書的な役割も担っているとのことで、娯楽作品としてだけでなく、実際の科学技術の発展にも寄与しているとのこと。
今回の「笑い男記念日」を見ても、その人気はまだまだ衰えを感じさせないことから、今後の作品展開も期待したいところで、実際の作中時間であり「笑い男」が再び現れた2030年6月5日になっても、この人気が続き、再び記念日を祝えることを願うばかりです。
〈了〉
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※1 『攻殻機動隊SAC』の世界では、第四次非核大戦時の中国による核攻撃で関東地方は壊滅しており、関東平野の東半分が核爆発の影響による地殻変動で水没してしまったため、日本の首都は福岡に移されています。福岡が新首都となるまでの間、首都機能は関西地方にある新浜県新浜市に一時的に置かれていましたから、6年前に新浜県警の本部長で現在は警察のトップに君臨する警視総監は長期に渡って権力を握っている人物というわけです。
ちなみに、この新浜県新浜市は海上人工都市で、暫定首都が置かれていた名残で、いくつかの政府機関が残されており、公安9課の本部も置かれています。
※2 この視聴覚デバイス不正使用というのは、所内の健康診断時に捜査員の電脳に秘密裡に仕掛けられた盗撮デバイスのようなもので、記者会見では、笑い男事件の捜査に行き詰っていた刑事課長が行ったことだと発表していました(もちろん真実ではないでしょうが)。
※3 この天気予報ロケでは、淡路万博開催まであと100日前が話題に触れている中で事件が発生するのですが、2025年に予定されている大阪・関西万博が連想され、奇妙な一致となっています。
※4 電脳化していなかった目撃者である浮浪者2名も当然事情聴取を受けたものの、元々犯人が帽子などで顔を隠していたこともあって有効な証言が得られず、捜査の役に立たなかったようです。